探索日和

北海道の『産業遺産』『軍事遺構』探索の記録

室蘭の戦争遺跡

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しげ@ぼうけんか

真冬の室蘭夜景を堪能した翌朝。。。

またしても懲りずにジムニーで車中泊したのですが、防寒用のシュラフだけでは寒くて寝不足気味にw

もう若くもないので体調はイマイチでしたが、せっかくなので何箇所か戦争遺跡を回って帰ることに。

まずは、

『要塞付属観測所跡』

この後訪れる予定の『十五糎加農砲』付属の観測所です。

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鉄塔の隙間からチラチラ見える、コンクリートのアレ。

どうやって遺構まで行こうか考えながら測量山展望台をウロウロします。

ついでに測量山の風景。
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標高約200メートルとのことで、室蘭港・町並み・工場なんかも見渡せます。

これは多分、新日鉄じゃないかなー恐らくですが。
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ここ測量山からは室蘭の町も噴火湾も見渡せるので、
ここの観測所で監視し敵艦をいち早く発見、内陸部にある『十五糎加農砲』へ連絡する、
という目的の観測所だったようですが、結局は米艦隊に対して為す術もなく…


それでは早速近づいてみましょう。
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一応、鉄塔の敷地に入らないよう緑の金網沿いに雪の中を進みました。


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監視窓は上下2段という構成だったらしいです。

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下段の窓はコンクリートブロックなどで塞がれていました。


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上段の窓は…残念ながら良く見えませんでした。



最後に『十五糎加農砲』を見て帰ります。

口径15センチのカノン砲を収めていたコンクリート掩体で、2基あったうち1基が現存とのこと。

造られたのは終戦の年、昭和20(1945)年頃。突貫工事だったとか。。。


ネットの情報から抜粋すると、
「1945年7月15日、米艦隊が現れて室蘭市内へ艦砲射撃を浴びせた。
400人を超える住民らが犠牲、製鉄所などが破壊された。
カノン砲は据え付け中で、一度も火を噴かず終戦を迎えた。」
1945年7月14日~15日にかけて行われた北海道空襲、室蘭艦砲射撃というものです。


住宅地に遺る加農砲を目指し、歩きます。
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私道で駐車スペースも無い場所のため、ツルツルの坂を徒歩で登って行きます。


これが加農砲掩体。
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逆側から見た掩体。
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これ以上は、民家の敷地内に入らなければ見えなさそうでした。

誰か出てきてくらたらお願いするつもりでしたが、真冬で寒いので誰にも会えず終いでした。

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ちなみにこの加農砲掩体ですが、
「戦後、地主が土地を手放し、その息子がわずかに残った掩体に住んでいた。
40年ほど前には別の人物の手に渡り、鉄球をたたきつけて壊そうとしたが、
厚さ1メートルを超える壁はびくともしなかった。」
という情報をネットで拾いました。

奇しくももうすぐ終戦の日。

いろいろ考える良い機会になりました。

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室蘭の夜景を堪能

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しげ@ぼうけんか

引き続き室蘭の工場夜景、崎守埠頭でJXに狙いを定めます。

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強風で外は寒いからほぼ同じ場所で撮り続けますが、、、

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小一時間くらいでさすがに飽きてきたので移動することに(^^

今度は温かい時期に来よう…


一応、白鳥大橋も載せておきますw

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次に向かったのは測量山。

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ここは人気スポットなのでしょうか。

真冬の夜中だというのに学生らしき男女グループがやって来ました。


…まさか写真撮ってるオッサンが居るとは思ってなかったでしょうね、悪いことをしましたw

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テレビやらラジオやらのアンテナがライトアップされています。

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ここの上の展望台を登ると室蘭の工場や町並みを眺めることが出来ますが、寒いのでやめときます。

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ここに来た目的はライトアップだけでなく、室蘭の戦争遺跡がある場所の下見でした。

K5_B4708.jpg

というわけで、次回は室蘭の戦争遺跡です。

つづく

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