北見(伊奈牛)鉱山 6


北見鉱山、最後はズリ山と坑口です。



選鉱場の近くにあるズリ山
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小川を遡るとある坑口
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いかにも古そうな坑口、霊が出そうw
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奥までずっと続いているように見える
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鉱水が溜まる青い池
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池から溢れだした水が小川に注ぐ
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私にとって『鉱山』はまだ4つ目、選鉱場は初めての探訪、

大変素晴らしいものとなりました。

今日までこんなにも遺っていてくれたことに、感謝です。


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北見(伊奈牛)鉱山 5


選鉱場の最上段までもうすぐ、

K5_A0797.jpg

というところでも石垣を見ることが出来ます。

さらに、

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このような何かの台座もありました。

設備跡が見られるのはここまでのようで、

この先、最上段にいたっては壁しか遺っていないようです。



水が流れたような跡が遺るコンクリート壁
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ここからの見晴らしは最高に良い
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最上段(と思われる)の壁
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本当にここが選鉱場の最上段だったのかは不明ですが、

これより上では特に何も発見出来ませんでした。

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と言うわけで北見鉱山シリーズ、あと1回続きます。


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北見(伊奈牛)鉱山 4

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選鉱場の土台を眺めながらのちょっとした登山でしたが、

上段へと登るたび次から次へと色々な形の遺構たちに出会え、

全く飽きること無く登り続けられます。



足元に転がるのは、鉄管の輪切り?
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何だか想像つかないからこそのワクワク感…
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下を見ると先ほどのドミノが小さく見える
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きっと、この形にも意味があるのだろう
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最上段はもうすぐです … 特に何も無かったのですが(笑)

K5_A0796.jpg


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北見(伊奈牛)鉱山 3

選鉱場の上段に登るにつれ、様々な形の遺構が姿を現しました。


腐食している木材
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鉄材も見られる
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倒れたのか、最初からこの角度なのか?
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これこそドミノ倒しみたいですが往時はどんな設備だったのか、

稼働時の選鉱施設内部写真があったら見てみたいものです。


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北見(伊奈牛)鉱山 2

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鉱石による着色でしょうか、コンクリートが様々な色彩を放ちます。

この選鉱場は、昭和17年に造られたもののようですが、

閉山の昭和38年まで使われていたかどうかは不明です。



斜面に沿って階段状に遺る土台
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下の階層へと続く丸い穴
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遺構の向こうに広がる森を見下ろす
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見上げても鬱蒼たる木々
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コンクリートに板のようなものが横たわっています。

この選鉱場では、鉄材や木材が至る所で見られます。


この辺りが選鉱場の中腹くらいか
K5_A0730.jpg

コンクリートが並び、ドミノ倒しのように見えます。

どんな役割のものだったのかはわかりませんが、

この先、不思議でカッコいい形のものが次々と登場します。

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北見(伊奈牛)鉱山 1

北旅人 - Photolog - さん と行くオホーツク鉱山日帰り弾丸ツアー後編、

興部町の北隆鉱山から鴻之舞鉱山を素通りしてやってきました。


集落の中に設置されている看板
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この『旧北見鉱山案内図』の看板によると、

昭和8年、住友による調査の結果、伊奈牛に有望な鉱床を発見

という説明になっていますが、

丸瀬布町史を参考にしたという情報によると、

大正3年、遠軽在住の安江氏が伊奈牛川口で鉱床を発見、

その後試掘と廃坑が繰り返され最終的に住友が買収、

というのがどうやら正しいようですが…実際どうなんでしょうか。


看板の写真拡大①
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写真左の煙突は既に無いようです。写真右の『金山鉱山』というのは、

山ひとつ挟んだ隣の金山鉱区の発見が明治34年だということのようです。


看板の写真拡大②
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今回探索した遺構はこの『選鉱場』です。

神子畑選鉱場など本州の鉱山に比べると、規模は小さいのかな?

ここで選鉱したものを、索道で鴻之舞鉱山に送っていたようです。


と、いうわけで、、、

看板の雰囲気から選鉱場の場所を探ろうとしましたが、

描かれている道が古いせいか場所を特定するのに多少苦労しました。

まあ、私はひこさんの後をついて行っているだけなのですが。


選鉱場跡
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時期的に少し遅かったのか、植物の成長が今年は早いのか、

ここの鉱山跡もすっかり緑に覆われていました。


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じつはここ、ひこさんの以前のブログで写真を見てから

ずっと憧れていた場所だったので、内心大喜びの見学&登山です。


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何の役割の施設があったのか、知識が無いので想像しながら、

気になる遺構を中心に北見鉱山の現状を撮ってきました。

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初夏の北隆鉱山3

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柱のトンネルのような感じで遺っている、何らかの設備跡。

恵庭鉱山でも同じような形のものを見たのですが、

このタイプの鉱山製錬所には欠かせないものでしょうか?

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壁面からは一定間隔で鉄材が突き出ています。



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トンネルを抜け、ここから上の方は

こんな感じになっていた
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ので、

引き返します
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何かの機械の土台と思われる
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この辺りには製錬所関連の機械があったようで、

コンクリート基礎・土台、鉄材などが点在していました。

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何が何やらさっぱりわからなかったので、

後日、図書館で鉱山関連の資料を探してみたのですが、

調査スキルが無いので結局何もわからず終いでした。



北隆鉱山の『ズリ山』
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石炭でなく、金・銀鉱石の場合でも

『ズリ山』と呼んで良いのかどうかもまた、不明です(笑)

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初夏の北隆鉱山2

ハチに襲われながら上の段を目指します。

全部で何段あるのかは数え忘れましたが、

同じ青化製錬所である恵庭鉱山が8段、

ここもそのくらいだったように記憶しています。



長年の苔に覆われて形がはっきりしない石垣
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シューターの穴
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石垣に植物が絡みつく
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ボルトで固定された木が石垣から突き出ています。

やがて植物に全て覆われ、自然に還って行くことでしょう。



下の段へと続く穴
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所々にシューターの穴が空いているので油断は出来ません。



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下から4、5段目だったような気がしますが、

製錬所の遺構が待っていました。

どんな役割のものだったかはわかりません。



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更に上方には恵庭鉱山でも見た柱のトンネルがあります。

元々は壁があって粉砕前の鉱石を貯えていた施設、

と想像していますが、所詮素人考え。

正解が知りたいなあ。

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初夏の北隆鉱山1

北海道紋別郡雄武町の発展に貢献した鉱山、北隆鉱山。


昭和14年12月末の北隆鉱山周辺地図
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大正7年に発見、11年には坑道を掘削し金銀鉱石を採取。

昭和2年、久原鉱業(後の日本鉱業、ジャパンエナジー)が権利一切を譲り受け、
昭和3年に本格操業を開始。

昭和8年には採掘を機械化し、9年に製錬所を着工、10年5月に製錬所が完成。

最盛期には従業員500名、集落には2000名の人々が暮らしていたが、
太平洋戦争の勃発により金鉱業整備が行われ、昭和18年4月には採鉱を休止、
鉱区及び施設一切を帝国鉱業開発株式会社に提供。

昭和18年10月、北隆国民学校の廃校で無人の街となった。

戦後、数度の調査が行われているも、発展には至っていない。



…という北隆鉱山、79年前に造られた製錬所の遺構を訪ねました。

鴻之舞鉱山では不発に終わり、恵庭鉱山で魅せられて以来の鉱山好き。

いつもの友人『北旅人- Photolog -』の、ひこさんにお願いし念願叶いました。



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林道に車を置き、たまに硫化水素臭のする小川を遡り歩くこと数十分、
木々の向こうに古代遺跡の様な雰囲気の遺構がチラチラ見え始めました。

時期的にはギリギリだと思ってましたが、今年の緑の成長は予想外に早く、
この距離からだと単なる森に見えてしまいます。



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全景が見れなかったのは残念ですが、近づくと遺構を見ることが出来ました。



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古い石垣には、精錬で必要な穴がいくつも開いています。



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山の斜面に沿って階段状になっているのがわかります。

現在は剥き出しですが、往時は屋根付きの上屋で覆われていました。



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まるでお城のようにも見える製錬所の遺構。

登れるところまで登ってみることにします。


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恵庭鉱山 火葬場

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恵庭鉱山、鉱山街にあった煉瓦造りの火葬場。
この火葬場、完成は閉山の直前だったため一度も使用されなかったとか。



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昭和に設計された火葬場は「高い煙突」が象徴らしいのですが、
この、昭和18年頃に造られた火葬場の煙突はとても低い。

窯の入り口と比較して高さがわかるでしょうか?
これは多分、
エアぶろ』管理人”のん”さんの見解通り、折れたからでしょうね。
簡易な煉瓦製だったのでしょうか??

それにしても、一度も使用されてないワリには煤けていますね。



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裏側を見ると、通気孔なのか確認用窓なのかわからない穴が。



K_5_9592.jpg

ん~。
本当に使われていなかったのかどうかは知りませんが、少なくともこの写真を撮影している時点で私はそれを知らずてっきり使われていたものだとばかり思い込んでいたため遠慮して窯の内部を詳細に撮らなかったのですが、使われてないことを例え知っていたとしてもやはり火葬場、同じように遠慮したんじゃないかな~。

K_5_9595.jpg

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