スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
関連するタグ :

沼東小学校 - 3 -


つづき

中央螺旋階段ではない普通の階段を降ります。
ちなみに、すごく季節ハズレですが校舎の外では雪が降ってます。

K5_A9654.jpg

正面に、再びの中央螺旋階段。

K5_A9657.jpg

今度はじっくりと見学。

K5_A9669.jpg

上ったり降りたりしながら写真を撮ります。

K5_A9696.jpg

満足したので最下層へ。
夏は水没、冬は氷結、雄別の螺旋スロープ最下層を連想します。


K5_A9700.jpg

1F、やけに低い扉を発見。

K5_A9681.jpg

物置かな?ひっくり返った机のようなものが氷漬けになっています。


K5_A9689.jpg

1F、氷のフロアを再び。

K5_A9694.jpg

真冬ですが少し融けている部分もありました。


K5_A9677.jpg

最後に、教室かな?まだ木の扉が残ってますね。


K5_A9678.jpg

初めての訪問でしたが、雄別病院と似た雰囲気もあり、、、
「↑このシャッターの感じ」「螺旋の動線」「水没具合」「心霊スポットに非ず」
という点でなんとな~く親しみを憶えた校舎、をあとにします。


K5_A9709.jpg

学校の横には体育館の遺構が。

K5_A9718.jpg

鉄骨の隙間を縫って、木がたくさん生えていました。


次は『三菱美唄炭鉱跡地』へと向かいます。


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
関連するタグ : 廃校
スポンサーサイト

沼東小学校 - 2 -


つづき

円筒校舎中心部の螺旋階段をのぼります。

K5_A9609.jpg

大好物の螺旋階段に興奮しながら上へ。

K5_A9614.jpg

上り23段と書いてますが、確かめるのは忘れました。

で…これがこの校舎最大の見所と言って良いでしょう、

K5_A9617.jpg

光が届かない中心部の階段を照らす、天井部の採光窓…

本来ならこの丸窓から入ってくる自然光により、

幻想的な風景を見られるのですが、、、やはり冬。

K5_A9624.jpg

天気が悪かったことも手伝って、厚い雪に覆われ採光どころか真っ暗。

雪の無い時期に来ないとダメですね。

個人的には、そんなことよりもこの校舎に来られたことの方が重要なので。



K5_A9635.jpg

螺旋階段の周りは教室などの部屋、となっています。



K5_A9623.jpg

円だってことがわかるように教室を撮るのは難しい。。。



K5_A9638.jpg

あまりにも残留物が無く、学校の面影も薄いのは何故だろう。



K5_A9641.jpg

あるのは黒板跡の落書きと、

K5_A9632.jpg

出口、

K5_A9629.jpg

ここが心霊スポットだという”証”、

K5_A9663.jpg

そして、悲しげに捨てられているビデオテープ…


つづく


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
関連するタグ : 廃校

沼東小学校 - 1 -


ついに広告が表示されるくらい放置してしまいましたが、
ネタ切れ間近による充電期間ってことで(^^

最後の探索は、いつものひこさん・ギョピさん・Nozyさん・ボンバーさん、
途中からf45さん(超有名!)も合流という超豪華メンバーでしたが…
それがいけなかったのか、私自身、すっかり単独で探索するという気にならず、
遂にネタ切れ間近という事態を迎えるに至った次第であります。。。


というわけで(今のところ)最後の物件は美唄シリーズ、
我路・円形校舎・心霊スポットで有名な『沼東(しょうとう)小学校』。

K5_A9561.jpg

1958年、2棟の円形校舎が完成。
2棟は渡り廊下で結ばれており、当時はメガネ校舎と呼ばれていた。らしい。
1棟は既に解体(いつ頃かは知りませんが)されている。

K5_A9564.jpg

1972年、三菱美唄炭鉱が閉山。
1974年、美唄市立沼東小学校閉校。

K5_A9573.jpg

某霊能者が、
「この学校には邪悪な霊が集まっていて極めて危険だ!」
とか何とか言ったからかその前から噂されていたのかは知りませんが、
北海道の心霊スポットとして有名なんですよね。

そう言えば阿寒町雄別の病院も霊能者が言った事が雑誌に載って
有名心霊スポットとなったはず…
(あ、雄別は「ゆうべつ」です。「おべつ」ではありません。)
私は霊感が全くないので雄別炭鉱病院に何十回行っても平気だし、
数百枚は写真を撮ってますがおかしな目にあったことはないです。
魑魅魍魎が動き出す、夜の間に行ったことはないので何とも言えませんが。
ただ、新築二年目で放置された病院ですからそれっぽい雰囲気は無いです。

それに比べてここの校舎は、少なくとも15年間使われていたわけですので、
それなりに色んな思念が残されているであろう本物の心霊スポット?
いや、本物だとしても霊感が無いのでわかりませんけどw
個人的には、
霊感云々とかいうより、実際その場所で暮らした人達がかつて居たわけですから、
霊だなんだと騒ぎ立てるのはあまり好きじゃありませんね。


K5_A9727.jpg
崖の上から見おろす校舎。
この写真撮るのにすごい斜面を登らされました。


K5_A9571.jpg
校門と支柱。
支柱は旗をたてるためのポール用、のようです。


では校舎内部へ。

K5_A9578.jpg

床が抜け、夏場は水没しているという1階ですが、

K5_A9584.jpg

冬場はすっかり凍ってます。


K5_A9581.jpg

ツルツル滑って不安定な足場のなか、撮影。
すぐ隣の部屋、何の部屋か不明。


K5_A9586.jpg

滑りながらもなんとかやっと円形校舎の廊下?へ到達。


K5_A9590.jpg

1F各部屋を見て回ります。


K5_A9593.jpg

どこを見ても氷の床で、教室かどうかもわかりませんが面影もナシで。


K5_A9600.jpg

円形校舎の中心、螺旋階段の下部にあるダストシュート。

足元不安定から早く逃れたかったので、1Fは後回しにして上階を目指します。


つづく


ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
関連するタグ : 炭鉱 廃校

廃校を利用した公民館 ~ 跡永賀小学校

K_5_7634.jpg

今も残ると聞く跡永賀炭鉱跡。を探しに、聞き取り調査で釧路町跡永賀村を訪ねました。

しかし正月明けの平日、寒いし外には誰も出ておりません。

仕方なく周囲を見回すと、この古そうな建物が目に入りました。

施錠された入り口には『釧路町公民館 跡永賀分館』と書いてあり、

ぱっと見普通の二階建て民家ですが、良く見ると校章があります。

K_5_7637.jpg

K_5_7639.jpg

木製の校章が、学校跡を物語っています。

中央に『跡』という文字、跡永賀村の『跡』ですね。

申し遅れましたが、跡永賀は「アトエカ」と読みます。



K_5_7640.jpg

外観を見学しながら、あわよくば誰かが通りがかるのを待ちます。

ここは教室かな。跳び箱が置いてあります。



K_5_7643.jpg

それほど大きくない学校だったようです。



K_5_7650.jpg

体育館の裏側には金網がぶら下がっていました。

学校があったということは、集落としては大きめだったのでしょうか。



K_5_7652.jpg

結局誰にも会えなかったので今回は諦め、次の目的地『冬窓床(ブイマ)』へと向かうことにしました。



K_5_7655.jpg

後日、跡永賀の学校を調べてみると、小学校だったことがわかりました。

ここ跡永賀村は、

1870(明治3)年に佐賀藩の佐野孫右衛門が漁民を移住させたことに始まるようです。

跡永賀小学校の開校は1880(明治13)年、閉校は1980(昭和55)年。

ということは、ちょうど100年目で閉校となったのでしょうか。

場所的には昆布森(コンブモリ)と知方学(チポマナイ)の中間ですが、

今の子供たちはどちらの小学校に通っているのでしょうね。



K_5_7660.jpg

これはアトエカ(跡永賀)を示す『釧路町難読地名看板』。

思えばこの看板を探して走り回ったのが、今から11年前。

今でもたまに見かけると、当時を思い出します。


…それにしてもここ数年この看板の近くに、やたらと政党ポスターが増えた気が…

そう思って11年前の写真を見直すと、何故でしょう、ポスターなんて全くありません。

せっかくの難読地名看板なのに、なんか残念な感じです。


関連するタグ : 廃校

中庶路の学校跡 - 3

体育館内部
P1080426.jpg
農機具格納庫として利用されている模様。
ハトが頭上を飛び回り、床の上には糞だらけです。



謎の文字が残る黒板
P1080428.jpg
左側の黒板には、謎のメッセージが…
「1993 S63年3月40日?」「ワッカラ××ダロウナ」



渡り廊下への入り口
P1080429.jpg
かつてドアだったようなもので塞がれています。



ハトが私を睨んできます
P1080430.jpg

P1080431.jpg

ハトが怖いので撤収です。

関連するタグ : 廃校

中庶路の学校跡 - 2

道道沿いに見える廃校の体育館。



P1080449.jpg

P1080467.jpg

P1080440.jpg

P1080452.jpg

体育館と校舎への渡り廊下があるように見えます。

渡り廊下の向こうには教室が…多分もうありません。

建物の途中からは酪農家の施設へと改築されているように見えます。



中庶路集会場前と体育館の間のちょっとした広場には、

エゾシカの解体残滓等を回収するための設備

「解体残滓等回収BOX」が設置されているため、

周辺は異様な臭気が立ち込めておりました。。。



P1080470.jpg

学校の痕跡を探しに体育館の中へ。

関連するタグ : 廃校

中庶路の学校跡 - 1

本岐炭礦跡の近く、中庶路にあった学校跡を探訪。

この学校に関して、現地で農業を営む方(推測)にお話を伺う。

・炭礦全盛期の生徒数は500名程、先生は27名にものぼる
・炭礦閉山から6~7年程で閉校になった
・閉校後は幼稚園として活用されていた
・幼稚園は10年程で閉園、現在は中庶路集会所となっている
・元校庭はパークゴルフ場として利用
・パークゴルフ場は手作りで、お話を伺った方が作った
・校庭にタイムカプセルが埋められているが、場所は失念

とまあ、いろいろお話を聞くことが出来、
現地の貴重なお話を聞ける機会は滅多に無いので
『日本の過疎地』~ナルセさん のように
独自の調査情報を添えてまとめあげたかったところですが、
結局箇条書きになってしまいました(^^



『中庶路小中学校』の門柱
P1080474.jpg
ほとんど草に埋もれていた門柱は、道道沿いにひっそりと残る。



門柱の裏側
P1080482.jpg
『本岐山形県人会』の贈と記してある。



校庭に残る記念碑
P1080493.jpg
門柱では小"中"学校だったが、これは"小"学校となっている。
後ろに見えるのは集会場。
窓のシールなど、幼稚園の面影を感じる。



落ちてしまった中庶路小学校"跡"の石版
P1080499.jpg
欠片までも丁寧に集められているようだ。



記念碑の裏側
P1080509.jpg
1976(昭和51)年3月14日とある。
小中学校の最後は小学校となり、
生徒数は僅か14名、先生は3名だったようだ。



元校庭の様子
P1080521.jpg
幼稚園時代のものか、錆びた遊具が残る。
パークゴルフの旗も見える。

作った頃は近所の方の利用もあったが、
現在はほぼ使われることのなくなったパークゴルフ場。

P1080523.jpg

元校庭を後にする。

P1080528.jpg

次回は体育館の様子を記事にします。

関連するタグ : 廃校

布伏内 元中学校

P1020958.jpg

布伏内中学校

廃校になった現在も 布伏内集会所として活躍しています

とは言うものの 全ての校舎を再利用しているわけではないようで

基本的には廃校の様相を呈しています


生徒玄関が少し開いているので中に入れそうですが

入ってみて良いのかどうかを確認しようにも周囲に人の気配はなく

駐在所の目の前ということで滅多なこともできず

大人しく校舎の周囲を歩いて見学してみます



P1020963.jpg

時計は8:25で止まっています



P1020964.jpg

錆び付いたベルがあります



P1020976.jpg

昔の学校にはこういうものがありましたが 何の用途なのかは知りません



P1020979.jpg

昔ながらのトイレです

群生した植物が枯れていますが 何の植物かは知りません

知らないことばかりですみません



P1020986.jpg

体育館

校舎は窓ひとつ割られていませんでした



P1020993.jpg

昔ながらのイスを発見



P1030004.jpg

校舎の横にある建物

石炭小屋か用具置き場でしょう



P1030009.jpg

相当痛んでます



P1020955.jpg

まあ布伏内中学校はこんな感じです

廃校の雰囲気だけでも味わいたい方にオススメです

関連するタグ : 廃校

××小学校

IMG_0827.jpg

中庭は綺麗な状態です

住宅街に立地し機械警備も導入され窓ひとつ割られていない 閉校してから一年ほどの廃校です

物件としてはあまり魅力を感じませんでしたが 機会があったので見学させてもらいました



IMG_0830.jpg

まずは上へ



IMG_0833.jpg

同じ中庭を少し高いところから



IMG_0838.jpg



IMG_0845.jpg

体育館が見えます



IMG_0851.jpg

給食が運び込まれるところでしょうか



IMG_0867.jpg

「かぎさわるな」



IMG_0893.jpg

教室と言えば 黒板とその上にスピーカーが定番ですね



IMG_0903.jpg

手洗い場はやけに低かったので低学年用でしょうか



IMG_0907.jpg

古そうなスピーカー

各部屋には鍵がかかっていたため残留物や往時を偲ぶものは見れませんでしたが

管理体制が万全で荒れることなく残っていて ここの卒業生にとっては良いことです

関連するタグ : 廃校
カテゴリ
アクセス状況
[ジャンルランキング]
写真
403位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
風景
169位
アクセスランキングを見る>>
訪問者数
プロフィール

シゲゾウ

Author:シゲゾウ
廃物件探索業協会 道東支部長

主に北海道の鉱山・炭鉱遺産・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの軍事遺構、その他無人駅・文化財・秘境などなど気まぐれに写真を撮っています。夜景も好き。


[バナー]
作り直しました!あと、タイトルと名前も地味に変更してます…
探索日和

[ブログ村ランキング参加中]

にほんブログ村 写真ブログ 地域の歴史文化写真へ

にほんブログ村 歴史ブログ 近代化遺産へ

にほんブログ村 歴史ブログ 戦争遺産へ

最新記事一覧(サムネイル画像付き)
【タウシュベツ川橋梁】氷上ウォーク 2017/03/08
Loveくしろイルミネーション2016 2017/02/13
茂雪裡の奉安殿 2017/02/04
工場夜景を撮りに… 2017/01/26
某炭鉱跡と某ロケ地 2016/12/23
スカイプロムナードの夜景 2016/12/07
陸軍伊良湖試験場 ~ 伊良湖射場 2016/12/02
陸軍伊良湖試験場 ~ 気象塔・電信所 2016/11/24
最新コメント
最新トラックバック
検索フォーム
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

せっかくメールを送っていただいても、目的が不明瞭な場合は返信しません。いきなり電話欲しいというのもナシです。匿名の場合は「管理者にだけ表示を許可する」にチェックを入れたうえコメント欄をご利用下さい。

RSSリンクの表示
リンク
雄別の歴史

廃愛好人

歩鉄の達人(廃線・廃道・隧道ウオーキング)

ユーザータグ
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
月別アーカイブ
注意事項
遺構についての説明は個人が趣味の範囲で調べたものですので、必ずしも正確なものではありません。間違いがあればご指摘戴けたら幸いに思います。
また、当ブログで熊などが生息している危険な場所を扱うことがありますが、探索を推奨するものではありません。むしろ行くべきではないと思います。当ブログを見て何らかのトラブルに巻き込まれても当方は一切責任を負いません。
お約束ですが画像の無断使用はお断りします。リンクに関しては特に制限御座いません。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。