茂雪裡の奉安殿


釧路市内の奉安殿(※過去記事)で戴いたコメントを頼りに、阿寒郡鶴居村茂雪裡にある奉安殿へ。

奉安殿の場所はGoogleの航空写真であっさり見つけられましたが、なかなかやる気が起きず気がつけば雪景色…雪に埋もれる前にやっと重い腰を上げましたw

と言うわけで、まずはコメント戴いた『すずしろ』さま、ありがとうございました!


茂雪裡の奉安殿前に到着
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聞いていたとおり、春採のものと形がそっくり。


裏側より
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春採のは相当朽ちてましたが、とりあえず屋根は無事のよう。



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子供の背丈ほどある笹薮を掻き分けて進みます。子供と一緒だったので右手にカメラ、左手に子供の状態w



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扉の片側が無くなっていますね。



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思ったより屋根ももうダメです。



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内部は…
と、思って中を覗いてみると、写真の方と目が合ってビックリ。



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いわゆる御写真、なのかどうか?はわかりませんが、気が引けるので額縁を残して加工してます。



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足元には激しく損壊した賞状が…
他のサイトで見た賞状はもっと状態が良かったのですが、扉が無くなって屋根も破損してますからね、あっという間にこうなるでしょう。



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戦後教育の証拠である奉安殿。

中身は昭和30年代のものらしいですが、それにしても…

写真の方が誰なのか、すごく気になりますw



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西庶路トーチカ?

2011年に発見されたというトーチカは、白糠町西庶路の海岸から

約1km離れた場所の、太平洋が望める小高い丘にあるという。

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大雑把な地図で見た場所では、この辺り。

海岸から約1kmの小高い丘であることは間違いないが何もないようだ。


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念のため周辺を調べてみると、コンクリートの塊が埋まっているのを発見。

…これだろうか?

掘るわけにもいかないのでこれ以上確認は出来ず、

他に何も見つけられなかった。


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一応、近所を散歩中の方に聞き込みしてみると、

この辺りには昔、防空壕があったという話を聞けた。

それがどんな施設だったのか、

もしかしてトーチカだったのかまでは不明だが、

何らかの戦跡があったのは間違いないようだ。


…以上、

また中途半端なレポートになってしまったので、

ついでに立ち寄った、すずらん団地の防衛陣地を。

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企業の敷地内のようで、こちら側から侵入は出来ない。


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こちら側はロープも無く、入って行けそうな雰囲気だったが、

敷地内とわかっているので侵入はやめておく。

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釧路市内の奉安殿

奉安殿(ほうあんでん)
戦前戦中にかけ全国各地の学校で天皇・皇后の写真と教育勅語を収めた建物。
昭和10年頃に活性化、昭和20年GHQの神道指令のため廃止された。

多分、すっごくマイナーな単語なのだろう。
周囲に『奉安殿』と言って通じる人間は、数えるほどしか居ない。
私自身も知ったのはここ10年以内だし、学校でも習わないんじゃないかな。

というわけで、釧路市内に奉安殿があることを知ったのは数ヶ月前。
だいたいの場所がわかったので早速探してみた。

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釧路市春採にある病院の丘陵にある奉安殿。
これは、湖畔尋常高等小学校の奉安殿、昭和3年12月に設置されたもののようだ。
戦後、GHQの指令で学校から撤去、ここ旧春採神社付近の公園敷地内に移設した。
太平洋炭礦の閉山までは春採神社が管理していたが、閉山後は神社も無くなり、
現在は朽ちるにまかせている。
(と、解釈してますが、ざっと調べただけなのであまり自信ありません。)



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中がどうなっているか気になったが、こういうのはあまり気が進まない。



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代わりに隙間を覗いてみると、金網フェンスのようなものが。



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内壁には激しい落書きの痕のようなものが見えた。



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木製の屋根が朽ちるのは、もう時間の問題だろう。
中にあった写真などは、きっと太平洋炭礦が保管している、と思う。
(太平洋炭礦資料館に春採神社に関するものが展示してあったので)



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続いて、鳥取神社内にある奉安殿。
鳥取小学校への設置は、明治39年12月10日。



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奉安殿…だと思うのだが、レンガ製だし立派過ぎるし注連縄してるし、
何よりも、神社の方に尋ねても『知らない・無い』の回答だったのが気になる。

境内を探すと見つけたそれらしいものを写真に撮ってはみたが、、、
これが奉安殿かどうかは微妙かも。

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民家一体型特火点(トーチカ)

新富士トーチカ

釧路市新富士町、民家と一体になっているトーチカがあります。

この場所は、コチラ 『 釧路SOE研究所 』 様を参考にさせて戴きました。

というか釧路市内のトーチカの場所は、ほとんどコチラで知りました。

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一見してこれがトーチカとは思えませんが、裏へ回るとなるほどです。



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とは言え、銃眼も見えないしトーチカだと知らなければ気がつかないでしょう。



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民家一体型なので勝手に登るワケにもいかず、外観のみなのが残念です。

トーチカと接続している民家は恐らく使われてないようですが、
管理している方が近所に居るという可能性も無いことはないので、
まずは地元の方を探してみました。

周辺は住宅に囲まれアパートや会社もあるので誰か居るだろうと、
期待してみたものの結局は誰にも会えず終いでした。



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これにて釧路管内のトーチカ、
『桜ヶ岡』『大楽毛南』『阿寒川沿い』『新富士』は探索済みとなり、
残るは『すずらん団地』(企業の敷地内なので難しい)、『西庶路』(場所不明)、
この2つくらいかなあと思ってましたが、
先日、釧路空襲をまとめた本を図書館で読んだところ、
「昭和45年8月の調査では7基が確認されている」ことが判明しました。
40年以上も前のことなので、もう跡形も無いとは思いますが、
どの辺りだったのか、その時の資料を見てみたいところです。

本には他に釧路のトーチカについて書かれていたので、ここに記録しておきます。
「7基のトーチカは”ペトン製トーチカ”と呼ばれるものである」
「熊部隊により構築した時期は昭和19年である」
「海岸では湧き水のため掘り下げられず窪地に設置し、民家らしく見えるよう工夫を施した」
「海面上200mまでが射程距離である」
「釧路地方には砂利がないので十勝川より輸送した」
「興津の縄文遺跡で壕の跡を発見した」

というわけで釧路の戦争遺跡、まだまだ知らないことがたくさんありそうです。

釧路SOE研究所 様に、期待!w


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撤退 ~ 阿寒川トーチカ

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多分、このトーチカ上部を背伸びして写真に撮り始めたくらいからだろう、
前記事から前フリしていたカラスたちが、突然騒ぎ始めたのは。



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以前、とある公園でカラスの巣に近づいた時のことを思い出す。
確かこんな感じの騒ぎ方だった、ということは巣が近くにあるのか?

気がつけば相当数、頭上を旋回している。



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取り敢えずトーチカに避難。



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しゃがんだ際、見上げると天蓋の通気口を発見した。

しばらく様子を見ても騒ぎは治まらない。
立ち去らない限りは無理か。



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そんなわけで足早に撤退しながらも撮影。

カラスはやかましいし、結局2頭の犬にも吠えられて、
近所迷惑なことをしてしまった。


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観察 ~ 阿寒川トーチカ

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カラスを気にしつつ、正面に回って観察する。

コンクリートではない、煉瓦製のトーチカだ。



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銃眼が縦に2つある。

ひとつは完成してから銃眼口をあけられたのか、切断面の色が違う。



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下部の煉瓦はしっかり積まれているのに対し、上部は雑に見える。

上部のみ、煉瓦の外側をコンクリートで覆っていたのだろうか?



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トーチカ内部。

天蓋部分にはコンクリートやいろいろな種類の木が使われ、
当時、少ない物資で簡易的に急ごしらえしたことを窺わせる。

それにしても、頭をぶつければ痛そうな天井だ。



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上部は監視孔の役割もある銃眼、下部では匍匐姿勢で射撃、そんなところだろうか?


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接近 ~ 阿寒川トーチカ

釧路市大楽毛、阿寒川の河川敷にあるトーチカ。

周辺は住宅地で畑もあり、番犬2頭に守られているため近寄り難い場所だ。

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というわけで、河川敷を迂回して接近する…のも面倒なので、
手っ取り早く付近の住民に声をかけたところ、案内して戴けることに。

正しい行き方を教わり、有難いことに途中までご一緒してくれたため、
犬には吠えらても不審者扱いされる心配はない。

単なる変わり者ということで。



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トーチカ周辺にはかつて家畜が居たとのことで、現在も有刺鉄線が残っている。



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ずっと近寄り難かった阿寒川トーチカに接近。



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埋まっているのか壊れてしまったのかはわからないが、小型だ。

後ろの木々には、カラスが等間隔におりこちらを見張っている。

このトーチカを守るのは、番犬だけではないようだ。

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ヤマ(炭鉱)の語り部を訪ねて珈琲坂へ

前々回記事 これは本当にトーチカだろうか? で書いた”桜ケ岡トーチカ”情報収集のため、
かねてより気になっていた『ヤマ(炭鉱)の語り部マスター』を尋ねるべく、
釧路市桜ケ岡にある炭鉱喫茶ガイドセンター『珈琲坂』へ行って来ました!

ヤマ(炭鉱)の喫茶ガイドセンター 珈琲坂

というのも、こちらのブログで”桜ケ岡トーチカ”の記事を見つけたのがキッカケで、
”元炭砿マン”であるマスターのお話にも興味があったので行ってみることにしました。

美味しいコーヒーをいただきながらお話を伺い、
途中からマスターのお仲間もいらして4時間ほどお邪魔してしまいました。
開店時間より早く行ったのにお相手下さり、大変感謝しております。
時間が無かったので”炭鉱ラーメン”は食べ損ねましたが、
トーチカや他の遺構・炭砿・釧路の歴史など、
不勉強な私にも解りやすく教えて戴け楽しい時間を過ごしました。

また、かつて私が10年ほど前に偶然写真に収めていた、
桜ヶ岡にあった『志ちや』
桜ケ岡志ちや

桜ケ岡のこともお詳しく、往時のお話もたくさん聞かせて戴けました。素敵!



で、冒頭のトーチカですが、トーチカと呼ばれる理由がなんとなくわかりました。
銃眼と連絡口のある小さな砦という意味では『トーチカ』ではありませんが、
防衛陣地を総称してトーチカと呼ぶ場合もあるようなので…それかな、と。

建物の役割としては、第七師団の熊部隊が使用した監視塔のようなものだったらしく、
各拠点への無線司令も行っていたのではないか、とのことです。
それを裏付けるのが、現在もトーチカ周辺に立つテレビアンテナ塔で、
この場所が電波を飛ばすのに適している場所だという証拠では?など、
興味深い推測も聞かせて戴けました。

もし監視塔であるならば、実はもっと大きな施設で、
地下連絡通路でもう1基見える遺構と繋がっていた可能性もあるかな~
これまで発見された防衛陣地の数にしても、桜ケ岡を1つと考えると数が合うし…
真相はわかりませんが、いろいろと想像は出来ます。



というわけで今回は語り部マスターに教えて戴いた軍事遺構、
2箇所を訪ねてきました。

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一つ目は防衛陣地のトンネル。
この辺りには防衛陣地があり、そこへ続くトンネルがあったようです。
コンクリートブロックが突然途切れていますが、
これは道路拡張で壊しきれずに残されたその一部とのことでした。

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トンネルだったものの上に登ってみます。

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旧道立釧路病院に続き解体が始まったスカイランド(ヒルトップ)が見えます。


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見下ろせば町並みとズリ山と海が。


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次に向かったのは、興津の崖にある銃座跡です。
風が強くて非常に寒かったのですが、なんとかたどり着きました。

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ここは以前も 記事にした海岸 ですが、その時も既に木が埋まっているのは気づいていました。

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岩肌が剥きだしで、原風景の残る海岸です。

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これです!

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波が足元まで来ているので近づくことは出来ませんでしたが、
崖の岩の中に突然木が埋められている部分が見えます。

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岩の中に木で支えられた小さな穴が見えますが、
ここへの入り口は昔、危険なので埋めらたとのことです。

以前からこの不自然な木には気づいていたのですが、まさか銃座だったとは考えもしません。
背景に興味が無いと気にもなりませんので(廃墟も一緒)、まったくスルーしてました。

いずれ引き潮のときにでも、
更にこの先の『炭砿の坑内水の滝』『春採太郎』とセットで探索してみたいと思います。

関連するタグ : 戦跡 トーチカ

これは本当にトーチカだろうか?

トーチカ
太平洋戦争末期、米軍の上陸作戦に備え道東防衛を担当していた旧日本軍第七師団が突貫工事で築いた防衛陣地。
68年以上が過ぎた今も、市内に5基、釧路管内では6基(西庶路の海岸らしい)のトーチカが残ると言われている。
日本語では特火点と言い、語源はロシア語の『点』に由来。

…というトーチカですが、どうしても納得がいかないトーチカがあります。
いや、専門家じゃないし知識もないので自信もないのですが。

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釧路市桜ケ岡にあるトーチカ…と言えば、ネットで出てくるのはこの遺構で、
私もずっとこれが桜ケ岡トーチカだと思っていました。しかし疑問が…
・銃眼が(見当たら)無い
・形がトーチカっぽくない
・内部に空洞が多いので強度的に疑問

根室や十勝で見てきたものとは明らかに異質に感じたものですから更に調べたところ、
市民団体「釧路『負の遺産』を守る会」による桜ヶ岡トーチカについての記事を見つけました。
それによると、
・縦6m、横24m、高さ5mの掩体壕(えんたいごう)と呼ばれる大型のもの
・釧路に駐屯していた「熊部隊」と呼ばれる第七師団所属の約150人の兵士が使用
・兵士が銃を構えていたと思われる「銃眼」はコンクリートでふさがれている
・「興津の断崖に配備した迎撃用銃座に司令を下す前線基地だったのではないか」
とのことですが、ネット上で桜ヶ岡トーチカとされているこの遺構とは大きさで符合しないし、
掩体壕って??塞がれた銃眼は何処??と、増々疑問は大きくなるばかりです。

もしかしたら、桜ヶ岡トーチカはこれじゃないのではないかな~って。



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やはり高さは5mも無いようですが、埋まっているのかも知れません。
それにしても縦6mの横24mという大きさとはかけ離れてますし。



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”トーチカ”の上部にある煙突のような飾り、これもまた謎です。

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煙突中央に空いている四角い穴、何故かひとつだけ『角度』が違うのです。

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そして壁から突き出たこの二本の鉄管。

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壁を貫通しているようですが、何でしょうね。



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内部は柱が少ない空洞で、銃眼を埋めた痕跡も見当たりませんし。



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トーチカの風情を感じる通気口のような物はありますが、外部とは繋がっていないようです。


コンクリート白華が酷いので、かなり古そうなものではあります。
これもトーチカの一種で、壕と捉えるとトーチカなんでしょうかね?

よく見かける一般的なタイプのトーチカとは見た目も全然違うし、
もしかして本当の桜ケ岡トーチカは別の場所にあるのでは?
ではこれは何の遺構かな?
そもそも戦争遺跡なのかな?

すぐ近くにもう1基、炭砿の敷地内に少し小さめのものがあるので炭砿の倉庫だったりして。
と、まあ所詮素人考えですが、非常にミステリアスな物件…のように思えてなりません。

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関連するタグ : 戦跡 トーチカ 特火点

売地にあるトーチカ

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釧路市内にある、大楽毛南トーチカ。

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このトーチカのある土地の一角には『売地』の看板がある。

調べてみると83.79坪で坪単価0.95万の価格80万、という情報がヒット。(2013/11現在)
この情報と地図上とは若干地番が違うので断定することは出来ないが、
住居表示の地番と登記簿上の地番は合致しないことはよくあるし、
土地を紹介する写真にこのトーチカが写り込んでいるので多分間違いないかと…
でもやっぱり不動産会社も違っているので微妙かも。

もし売られているのなら、の話。
これまで道東に現存するトーチカをいくつか見てきたが、
「放置されているもの」「漁具や農具などの格納庫として転用されているもの」
「整備のうえ入口を塞がれ保存されているもの」などはあっても、
「売地となっている」トーチカは珍しいのかも知れない。

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建造から68年が経過し、外壁はコンクリート白華が激しく出ているものの
内部は意外と綺麗に見える。

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今でこそ剥き出しのトーチカですが、建造当時はカモフラージュが施され、
この辺りにも多数のものがあった、と言われています。
海岸線から離れていてしかも銃眼が海の方を向いていないのはきっと、
他に多数あったトーチカとの兼ね合いでこうなった(ものが残った)だけかも知れません。

北海道のトーチカは太平洋戦争末期(1945年)、
旭川の旧日本軍第七師団が本土攻撃に備え十勝から根室にかけて連合軍の上陸地点を想定し、
敵上陸部隊に対し後方で待機している機動打撃部隊を送り込むまで水際陣地で拘束し
時間を稼ぐために急ごしらえ的に設置したもので、未だかなりの数が残っております。

釧路市内に現存するトーチカは「釧路『負の遺産』を守る会」様によると『5基』だそうで、
場所については「釧路SOE研究所」様サイトの特火点レポートを参考にさせていただき、
市内5箇所のトーチカの場所は恐らく全て把握しているかと思いますが…
図書館に行って郷土資料室に確認しても素人がわかるような資料も無く、
どこをもって5基とするかは私自身よくわかってません。

恐らくですが、下記の5基ではないかと思っています。
・「大楽毛南トーチカ」…当記事。住宅地真っ只中。
・「阿寒川沿いトーチカ(大楽毛)」…煉瓦製。阿寒川河口近く。
・「新富士トーチカ」…近日探索の予定。
・「桜ヶ岡トーチカ」…丘の上に2基、トーチカ??
(「すずらん団地」で2010年に土中から発見されたものはトーチカではないようなので除外。)
中でも桜ヶ岡のものに関しては、釧路根室十勝地方の他トーチカに比べると異質で、
かなり大型で銃眼も無く(塞がれた?)、トーチカとする根拠を調べている最中です。
「興津の断崖に配備した迎撃用銃座に司令を下す前線基地だったのではないか」
とも言われているようですが、更に掩体壕だったという情報もあって謎だらけです。
掩体壕と言えば飛行機を格納するための蒲鉾型の形状のものだと思っていましたが、
有蓋のものだけでなく無蓋のものもあり、いろんな種類があるので何ともわかりません。

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プロフィール

シゲゾウ

Author:シゲゾウ
廃物件探索業協会 道東支部長

主に北海道の鉱山・炭鉱遺産・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの軍事遺構、その他無人駅・文化財・秘境などなど気まぐれに写真を撮っています。夜景も好き。


[注意事項]
遺構についての説明は個人が趣味の範囲で調べたものですので、必ずしも正確なものではありません。間違いがあればご指摘戴けたら幸いに思います。
また、当ブログで熊などが生息している危険な場所を扱うことがありますが、探索を推奨するものではありません。というか、むしろ行くべきではないと思います。突然の穴、崩壊、地すべり、いくら慎重に行動しても事故等の可能性は無くなりません。当ブログを見て何らかのトラブルに巻き込まれても当方は一切責任を負いません。
お約束ですが画像の無断使用はお断りします。リンクに関しては特に制限御座いません。

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