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北海道の廃屋3

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札幌教会

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サッポロファクトリーに向かう途中で見つけた教会。



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現役の教会らしく、古そうな雰囲気の建物でした。

この後は、永山武四郎邸と清華亭の文化財巡りへ。

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旧永山武四郎邸1

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北海道指定 有形文化財 旧永山武四郎邸。

詳細については下記の看板を参照。

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パンフレットに記載されている内容を要約すると、以下の通り。
・明治10年代前半、私邸として建築
・明治44年、北海道における炭礦事業のため土地建物を三菱合資会社が買収
・昭和12年、建物の一部を解体し、木造クラブを新築
・昭和60年、当時の所有者、三菱セメント株式会社から札幌市へ寄贈



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こちらが旧永山邸部分。

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当時は貴賓室として利用されていたようですが、

現在は結婚式の写真撮影にも利用されているようです。



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こちらは旧三菱セメントの寮。

見学の入り口はこちらです。



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パンフレットに「炭礦事業調査…」の記載があったので、

炭礦関連の何かを探して見つけたのがこの一角。

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三菱鉱業株式会社

石炭をくべる子供ですかね。

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新白糠炭砿創操業地記念碑をたずねて

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シロツメクサの群生、周囲の木々に飲み込まれそうに、

『新白糠炭砿創操業地記念碑』はあります。

この場所は、白糠町発行のマップに載っています。



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選炭場の壁を利用した、ある意味大変重厚な記念碑です。



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例によって詳しい説明は省きますが、

この時代、白糠町の炭砿関連事項は下記の通りです。

昭和35年10月30日 白糠町本岐鉱でガス爆発、死者18人
昭和39年01月31日 明治庶路砿、釧路炭田大手で初の閉山
昭和39年04月20日 雄別炭鉱(株)、上茶路炭鉱を開坑
昭和39年07月10日 新白糠炭鉱、豪雨被害で閉山
昭和44年03月31日 白糠の明治鉱業本岐炭鉱閉山
昭和45年02月27日 雄別炭鉱(株)の雄別・尺別・上茶路3鉱が企業ぐるみで閉山



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詳しくはこちらをご覧下さい。



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記念碑の前には、何かの儀式でも行うような、

今にも燃やせそうな木が組んであります。

何の用途なのかな?

ちょっと不思議な記念碑でした。

関連するタグ : 炭鉱
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旧永山武四郎邸2

永山武四郎邸の内部。

和洋折衷という感じで、見ていて面白い建物でした。



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結構な広さの建物を自由に見学出来るので、

ゆっくり時間をかけて観察していたら

帰ったと思われたのか、電気が消されていました。

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清華亭1

ここのところ札幌街歩きシリーズの記事を載せてきましたが、

最後はまたしても文化財、清華亭を見学してお終いとなります。



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清華亭に向かう途中にあった古めかしい建物。

廃屋の風情のする建物には、

とある政党のポスターがびっしり貼られているのを

何故か良く見かけません?



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こちらは清華亭の裏手にある、清華亭遊園。

猫の額ほどの公園ですが、トイレもちゃんとありました。

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清華亭にある看板は、文字が非常に読み取りにくくなっています。

建物は明治13年(1880年)完成、百年以上前のものらしいです。

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明治天皇が札幌に来た際ここで御休憩され、豊平館に宿泊されたらしいです。

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清華亭2

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清華亭の門です。

門柱には何かはめ込まれていたような窪みがあります。



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屋根上の飾り部分は『永山邸』のものとそっくりですが、

こちらには★マークがあります。

北極星をモチーフにした開拓使のシンボルマーク『五稜星』。

サッポロビールのラベルも★ですが、

時計台(演武場)にもありました。

開拓使に関係するものにはこのマークがあるようですが、

永山邸に無いのは個人邸宅だから?



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この建物も和洋折衷ですが、

洋はこの洋室だけで他は全て和のようでした。



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以上、道東ではなかなか見られない文化財の建物でした。


私は特段、文化財大好き!という人間ではありませんが、

知識に乏しい私が歴史を知るには手っ取り早い手段かと。

建物と地域の歴史や産業についての関連など学べました。

人の少ない場所でゆっくり写真を練習出来るのも魅力かな。

また機会があればいろいろと回ってみたいと思います。

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白糠炭田 石炭資料室

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白糠炭田石炭資料室は西庶路のコミュセン2Fにあります。

昨年訪問した際には改装中で見学出来なかったのですが、

今回やっと見学することが出来ました。



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資料室の入り口はまるで坑口のよう。

この資料室については白糠町長の寄せ書きが飾られていました。

『本資料室は、町の歴史の流れの中で欠かすことのできない白糠炭田の
存在を決して風化させることなく、白糠の次代を担う青少年に受け継がせ、
そこから郷土愛を育む施設として位置づけています。今後は、町民の方々を
始めとして、多くの人々にご高覧いただき、小さいながらも機能的な資料室
としてご活用いただければ幸いです。昭和61年12月1日。』(抜粋)

確かに大きくはない資料室ですが、内容は充実しているように思います。



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資料室内の様子。

壁一面には年表が飾られ、当時の背景も理解することが出来ます。

石炭関連・白糠の出来事・日本の出来事など分けられており、

写真つきなので見ているだけでも楽しいです。

その他には、貴重な『坑外図』や当時の道具なども展示されています。



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丁寧にひとつひとつ解説がつけられています。

ガラスケースの上にある冊子はサンタン7発行の『釧路炭田 産炭史』です。

お持ち帰りが可能のようです。私は既に持っていたのでガッカリでしたが…



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モノクロの当時の写真も数点展示されています。

本岐炭砿の当時の姿を初めて見ることが出来ました。



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炭砿用語の解説もあります。

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三井鉱山三池製作所の巻上機があったようです。



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コールピックを持った人形に別れを告げ、見学終了です。


追記では、白糠炭田の開坑場所を示す展示品の情報をまとめます。

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石炭採掘創始の地碑

これまで記事にしてきた白糠町炭砿関連の施設・史跡は、下記の地図を参考にしました。

白糠町発行の『しらぬか彩発見MAP』

これまでの過去記事と地図番号の対応は、以下になります。

(青11番)新白糠炭鉱創操業記念碑
(青13番)庶路炭坑発祥地碑
(赤25番)西庶路コミュニティセンター・石炭資料館

今回は、(青9番)『北海道石炭採掘創始の地碑』の記事になります。

現地で確認したので間違いないとは思いますが、どうやらこのMAP、

『北海道石炭採掘創始の地碑』と『望洋の碑』が逆になっているようで。

つまり『北海道石炭採掘創始の地碑』は『望洋の碑』よりも東側、

青9番と青10番の位置が地図上で逆ということになります。

それはさておきこの記念碑、辿りつく道が見当たらないのです。

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国道からだと手持ちの標準ズームでは遠いです。

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トリミング。



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なんとか近づこうと付近を捜し、地図の青10番『望洋の碑(東山公園展望)』へ。

藪漕ぎして崖を登れば良いのですが、国道沿いであまり目立ちたくもありません。

というか、この時点での目標は到達することではなく道をみつけることに。

ここで出会った地元の方に聞いてみたところ、この方もずっと探して歩いてるとか。

物好き(失礼)同士、情報交換してお別れしました(笑)


航空写真で見ると薄っすら道のようなものを確認出来ますが、

現地で見たところ草木に覆われた廃道でした。

この道へ入るには、民家の前を横切って行かなければならないようで断念…

ちなみにこの道のようなものは、根室本線と並行してしばらく続いていますが、

単なる旧道の痕跡か、もしかしたら白糠線関連か、今のところさっぱりわかっておりません。



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蛇足ですが…

『北海道石炭採掘創始の地碑』とのことですが、

釧路市合併記念に発行された「釧路市統合年表」によると、

1856(安政3)年
 ・オソツナイで石炭を採掘する(年内に廃止)
 ・函館幕府、白糠炭砿開発を承認(翌年(1857年)、採炭開始)

と、ありました。

オソツナイは釧路市岩見ヶ浜ですので、

この場所が北海道石炭採掘創始かどうかは、、、微妙かも知れません。

まあ年内に廃止ですから、試掘程度とみなしたのかも知れませんが。



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トイトッキ浜のトーチカ - 1 -

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豊頃町にあるトーチカ。

ずっと浦幌町だと思ってましたが、地図を良く見ると行政区境界線が…


トイトッキという地名は浦幌町で位置的にも浦幌寄りですが、

トーチカのある『大津海岸トイトッキ浜』は、豊頃町になるようです。



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海岸からは130メートルくらい離れた位置にあります。



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トーチカの前には真っ赤な祠があり、近くには漁具のようなロープがありました。



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ロープは銃眼から出てきています。

狭い銃眼が出入り口とは思えないので、周辺を調べてみます。

関連するタグ : 特火点 トーチカ 戦跡
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プロフィール

シゲゾウ

Author:シゲゾウ
廃物件探索業協会 道東支部長

主に北海道の鉱山・炭鉱遺産・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの軍事遺構、その他無人駅・文化財・秘境などなど気まぐれに写真を撮っています。夜景も好き。


[注意事項]
遺構についての説明は個人が趣味の範囲で調べたものですので、必ずしも正確なものではありません。間違いがあればご指摘戴けたら幸いに思います。
また、当ブログで熊などが生息している危険な場所を扱うことがありますが、探索を推奨するものではありません。というか、むしろ行くべきではないと思います。突然の穴、崩壊、地すべり、いくら慎重に行動しても事故等の可能性は無くなりません。当ブログを見て何らかのトラブルに巻き込まれても当方は一切責任を負いません。
お約束ですが画像の無断使用はお断りします。リンクに関しては特に制限御座いません。

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