緑に包まれる幌内炭鉱の遺構群 - 4

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手元の資料には『水洗機跡』となっている遺構の内部。
水に浮いたものを石炭・沈んだものをズリという具合に選別するための施設…
…だったかどうかは詳しいことは知りません。

重選機・ローヘッドスクリーン・水洗機など選炭場の遺構は、
幌内炭鉱における選炭方式の移り変わりを示している…んだと思います。
ちらっと調べただけなので全く自信はありません。


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立派なシックナー
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道東の炭鉱跡ではそうそう見られません。





こちらは、資料によると微粉乾燥室とのこと。

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選炭の過程で出た水を乾燥させて微粉炭を取り出す施設なのか、
微粉炭を熱源にした乾燥室なのかはわかりませんが、
この辺りにもいろいろな建物があったようです。


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どこの遺構でも思うことですが、植物というのは逞しいものですね。

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窓枠にアルミサッシのようなものが残る。


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こういう制御装置の跡は萌える。


存在をアピールする植物
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緑にとっては、土の少ないコンクリートの上だって関係ないようです。


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不法投棄なのか、タイヤや空き缶が。
この施設は位置的に道路と隣接しているため、
かつての「あまりうるさくなかったし意識も低かった時代」に棄てられたのでしょう。
こういうゴミ、炭鉱跡では珍しくありません。

しかし、この"重いコンダラー"のようなローラー風のものは、
投棄するにしても重過ぎるので、もともとこの施設にあったのかも知れません。


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道路から見おろすと、微粉乾燥室周辺の遺構が良く見えます。

これ以上不法投棄が無ければ良いけど…最近のゴミは見当たらないので安心かな。

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★Special Thanks to ひこ さん★

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釧路湿原の秘境駅

釧路湿原駅
1988(昭和63)年7月23日、細岡展望台へアクセスするための臨時駅として開業。
1996(平成8)年12月1日、臨時駅から通常の駅となる。

周辺にある建物は細岡ビジターズラウンジぐらいで民家は無い。
駅周辺には民家が無いので、この辺りの鉄道駅利用はもっぱら遠矢駅か細岡駅だろうから、
その中間にある釧路湿原駅までわざわざ来ることは無いのかも知れない。
そういう意味では、常設の駅になったとは言え用途は開業当初と同じなのかな。


車止めが通行を阻む
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面倒ですが、車を降りなきゃ行けません。


釧路湿原駅
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ちなみにここ、釧路湿原の中にある駅であるのにも関わらず、
釧路郡釧路町字トリトウシ原野南5線27番4
と、ちゃんと住所は設定されている。

湿原ど真ん中という訳ではないので当たり前?


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湿原駅の開業日が書かれた木製のプレートが(見辛いけど)飾られている。

外観も内部も木にこだわった造りのようだ。


駅名標看板
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記念撮影w
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ホーム側の出入口
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細岡展望台からは、広大な釧路湿原を見渡すことが出来、
大昔に岬だったという、宮島岬とキラコタン岬を見ることも出来る。と思う。
湿原の風景に興味が出てきたら、行ってみようかな。いつになるかは知らないけど。


関連するタグ : 無人駅
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緑のホーム、平糸にて

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1989(平成元)年に廃止された標津線。(標茶-中標津-根室標津間)
その標津線の支線として、中標津と厚床を結ぶ路線がありました。
厚床-奥行臼-別海-平糸-春別-協和-中標津。

奥行臼は駅舎などが残され別海町有形文化財に。
別海はバス乗り場に。
平糸は草むらに埋もれて。
春別は公園に。
協和はバス停留所に。
中標津は駐車場?に。
それぞれなっているそうです。

かつての駅だった場所についてはネットで、
古いものでなければ緯度・経度がわかるため、
スマートフォンのGPSを頼りに探索に行けます。
航空写真で廃線跡を辿ることも出来るし、
便利な時代になったもんで、ありがたいことです。

昔はインターネットも普及しておらず、炭鉱跡を探すのも大変でしたが。
というわけで、平糸駅を探しに行きます。


中標津方面側から見た平糸駅跡
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廃止から24年経過した平糸駅。
仮乗降場として開業したのは1961(昭和36)年だそうです。

倒壊した木造の建物は、かつての待合室だったようです。
奥にはホームが見えます。


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ホームには草がビッシリです。


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ホームは、鉄骨製コンクリート床の簡易型だそうです。


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これは、かつての枕木だったものでしょうか?


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緑のホーム。


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倒壊した待合室
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窓枠に貼られた謎のメッセージ
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『標津線廃止23年。代替バス待合所も壊され移転。
崩れる直前の平糸   × 駅待合所。
バス路線は     別海市街地で変更されている。』

謎じゃなくて鉄道ファンのメッセージでしょうが、空白が妙に気になります。
荒川局の封筒、ということは東京から来た人でしょうか?
廃止23年時点ではまだ崩れてなかったのなら、私は来るのが少し遅かったようです。


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廃線に興味を持ってまだ間もないのですが、
あのメッセージでますます廃線巡りが好きになりました。


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山の水族館

海に水族館があるのは当たり前、山には淡水魚が居る。山に水族館があってもいいのでは。

~をコンセプトに1978年4月29日にオープン、
大雪山の麓、北見市留辺蕊町温根湯温泉にある水族館。

開館から数年は4~5万人の入館者があったが、
隣接するおんねゆ温泉街の衰退と共に客足も遠のき赤字が続くようになる。

公立の小さな水族館として健闘したとは言えやがてリニューアルが計画され、
開館から33年目の2011年11月6日、一旦閉館する。

国のまちづくり交付金を活用してのリニューアル計画であったが、
計画に際しては水族館職員などの様々なアイディアを積極的に募り、
敏腕プロデューサーを加えての検討会を重ねる。
※プロデュースに関して、ほぼボランティアにも関わらず引き受けた理由について、
 北見市では「内緒」と公表している点が興味深い。
そして2012年7月7日、北の大地の水族館としてリニューアルを遂げる。

…まあ、行って来たのは今年なんですが。

山の水族館-Wikipedia


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旭山動物園の成功もそうですが、
リアリティを求める時代のニーズに応えたのが大きな勝因、
って書いてたのをどこかで読んだ気がする。

時代に合わせて柔軟に変化しないと生き残れないのかも知れないし、
芯の通った変わらないものだからこそ生き残れるのかも知れないし、
その中間が正解かも不正解かもわからないので一言で現すと結果論と言えよう。

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湿原に埋もれる廃車両

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釧網本線の細岡駅…は改修中だったので、
付近に昔からある廃車両の写真を撮りに来てみた。

車両を倉庫代わりに使うことは良くあるが、
気になるのはこの電線。

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電線が車両に引き込まれ、電力メーターまである。

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扉はしっかりと施錠。

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汚れた窓から内部を窺う。

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やはり倉庫として使われていたようだが、
電力は何のためのもの?電灯?なんだろう?

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町内会が倉庫として利用していたんじゃないのかな。
良くわからないけど埋もれっぷりは見事だった。

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朽ちて行く機関庫

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カメラが変わったのでまた来て見たいと思っていた旧機関庫の建物。
約一年ぶりの再訪だが、天井がかなり落ちてしまっていた。


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天井板がぶら下がる光景を見て、危険を感じた。
ここはもう立入禁止を明示したほうが良いかも知れない。

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女満別の掩体壕

海軍第二美幌航空基地
・終戦の直前、当時の女満別村よりの誘致で建設された基地
・ここでもまた、タコ部屋など強制労働が行われていた
・戦後の進駐軍により滑走路は一旦破壊されるが、
 のちに米軍の利用のため修理、その後は(旧)女満別空港となる
・現在は女満別空港が隣接地にリニューアル移転したため、
 跡地はボッシュ社のテストコースとして活用されている
・第一基地(美幌町)、第二基地(大空町)、第三基地(小清水町)は現在、
 ほとんどが農地となり、現存する遺構は僅かである(byネット上の情報)


海軍第二美幌航空基地跡にある掩体壕
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軍用機を攻撃から守るための格納庫である掩体だが、
現在は看板広告として活用されている(いた?)。

周りは農地だし、隣接する道路も道道レベルで交通量も少ない。
広告にしては場所の表示も無く、何より掩体に打ち込まれた鉄筋が気になる。
物資の無い戦時下において、多数の鉄筋。
切断したような跡も気になる。


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この『ログハウス 夕陽の家』は、
ここから7km程北上した網走湖の湖畔に、実際にある。
行ってみれば何かわかるかも知れない。

そう言えば初めて根室で見た掩体も、農機具格納庫として活用されていたなあ。

関連するタグ : 戦跡

湧網線という路線がありました

湧網線
中湧別駅(紋別郡湧別町)~網走駅(網走市)を繋いでいた鉄道路線。
廃止は1987年。
オホーツク海沿いにサロマ湖・能取湖を経由する風景は、
さぞかし美しかったことでしょう。

今回訪問したのは湧網線西側の『佐呂間駅』『知来駅』。

今から10数年程昔、仕事で旧常呂町に通っていた時期がありました。
当時の私は『網走から続くサイクリングロード』の存在・
『卯原内(ウバラナイ)』に鉄道車両があること、くらいは知っていましたが、
それが廃線跡だったということは知らず…知ったのは去年くらいですが。
あんなに通ってたのに今は滅多に行く事もありません(遠いので)。
惜しいことをしたなあ…
まあ知ってても当時は廃線に全く興味がなかったので仕方ありませんが、
人生うまくは行きません。


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という訳でまずは佐呂間駅。
駅跡は現在、交通公園となり整備されすっかり公園ですが、
代わりに佐呂間町が建設した鉄道記念館があります。
記念館内には当時の路線関連資料が展示していましたが、
鍵がかかっていて見ることは出来ませんでした。


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旧駅舎をイメージした造りらしく、改札ゲートもありますね。


腕木式信号機
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転轍てこ
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D51 565
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色の褪せかたが素敵です。

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スユニ50
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郵便車両でしょうか、こちらには入れませんでした。


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ホームの床は板張り、味のあるゆがみ方をしております。

道東の、この類の公園で人に会うことは稀(十勝は除く)ですが、
カメラを持った年配の方を見ました。


次に訪れたのは知来(チライ)駅。

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この駅舎は当時のもので、
現在はゲートボール会館として活用されているようです。


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正面から見ると普通ですが、
ホーム側を見るとなるほど駅舎だとわかります。

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今回はこれだけでしたが、湧網線関連の交通公園や遺構、
機会があったらまた探索してみたいと思います。

でも…機会、あるかなあ。
一人では寂しいので誰か一緒に行って下さい(笑)
家族にも職場の人にも相手にされない(笑)

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道の駅 摩周温泉

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欧羅巴民藝館(ヨーロッパ民芸館)を改装した建物で、
2011年にリニューアルした道の駅。

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物産コーナー・トイレ・足湯・観光客など、
道の駅っぽいところを除いて撮ってみた。

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上尾幌炭鉱群を訪ねて

上尾幌炭鉱群
1917(大正6)年、官設鉄道の釧路~厚岸間開通を機に旭炭鉱・八千代炭鉱が開坑。
翌大正7年には後に青葉炭鉱となる尾幌炭鉱の試掘が開始、小さな炭鉱が続々と造られる。

昭和に入り、満州事変に始まる戦争の拡大によって、軍需産業は刺激され好景気に。
上尾幌は全盛期を迎え、人口は推定4500人、小学校の児童数は一時的に800人を超えるも、
第二次大戦の激化により配置転換が行われ、上尾幌所在の全炭鉱が一時休坑する。

戦後は朝鮮戦争による特需で第二の炭鉱全盛期、黒いダイヤの好景気がもたらされるも、
昭和30年代のエネルギー政策、スクラップアンドビルド政策のスクラップ対象となり、
1967(昭和42)年までには全山閉山となった。

***

という上尾幌炭鉱群ですが、
規模の小さな炭鉱ばかりだったためか遺構はほとんど既に無く、
壁のように立つ『選炭場の跡とズリ山』だけのようです。

いや、正確に言えば、
"釧路炭田への誘い DVD「炭鉱遺産を訪ねて」を紹介するサンプルムービー"で見たのが
『選炭場の跡とズリ山』だけでした。
他の遺構があるのかも知れませんが、このDVDを見ようにも入手方法がわからず…

ちなみに、サンプルムービーのナレーションはこのように締めくくられていました。
『古くから、漁業と炭鉱によって開かれた厚岸町。
炭鉱の歴史は、多くの人々の記憶から忘れ去られようとしていますが、
そうした先人の労苦を手がかりに、今、新しい町づくりが始まっています』
…記憶に残るような遺構は、やはりここにはもう無いのかも知れません。


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かつての八千代炭鉱の名が残る八千代林道。
国道からの入口はゲートで封鎖されている(上尾幌側からは入れる)ので、徒歩で探索。


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しばらく進むと何かの看板を発見、他には特に何も見当たらない。


昭和54年の看板
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釧路営林署が管理してるんだかしてないんだか、全くわかりません。
そうこうしているうちにハチが頭上を旋回し始めたので、ここまで。

次に、選炭場と目星をつけていた林道に向かいます。


選炭場の跡?
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木々が邪魔して良く見えませんが、多分これでしょう。
近くに池か沼のようなものがあり、ズリ山もあるかも知れませんが、
時期的に少し早かったようです。


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更に進むと水源地?のような湿地帯があり、敷地は立入禁止となっていました。


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ここも管理されてるんだかどうだかは全くわかりません。


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あまりに情報が無い(調査のスキルも無いので)炭砿跡だったので、
場所を特定出来ただけでも良かったかな。
ここには緑が無くなった頃、再訪してみるつもりです。

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廃物件探索業協会 道東支部長

主に北海道の鉱山・炭鉱遺産・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの軍事遺構、その他無人駅・文化財・秘境などなど気まぐれに写真を撮っています。夜景も好き。


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