探索日和

Archive2014年04月 1/2

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鴨々川とグリーン車

札幌市営地下鉄南北線「幌平橋駅」周辺にある『鴨々川游水場』。『かもかもがわ』は通称で、名称は京都の鴨川を参考にしたとかしないとか言われているらしい。鴨々川と言うだけあって、鴨だらけ。当ブログでは珍しく生き物の写真を載せてみましたが、これはマガモで良いのかな?というわけで先日、札幌から帰ってきました。初めて『特急おおぞら』のグリーン車を利用してみたのですが、・2+1人掛けシートは広くふかふか、列車酔い...

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職員倶楽部 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

今年も見に来てしまった、雄別に残る木造の建物『職員倶楽部』。かつての繁栄の象徴、雄別御殿とも言われた建物は年々崩壊が進んでいるようで、中に入るのはかなり危険な状態だ。屋根に積もった雪はさほどの量ではなかったが、この日も雪が降っており、道東は一旦雪が降ったら春まで連日氷点下の気温が続くため、なかなか雪解けが進まず、結果、雪の重みで建物を傷めることになる。それでもこの木造の建物が倒れないのは、やはり『...

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購買部 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

昭和36年に設立された雄別商事の購買の建物は、駅前スーパーマーケットのようなものだった。この建物は数年前まで落書きだらけ、床は瓦礫だらけだったのだが、今や落書きは消し去られ、床上もすっきりとしている。骨格は頑丈そうな建物でも木造部分は痛み出してきたか、カウンター裏の部屋の天井が低くなってきている。これでは階段も、もう恐くてあがれない。しかも何となく…壁の穴が大きくなってきている?ような気がするが。ち...

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【標津線】廃線巡り1 ~ 光進駅

1989(平成元)年に廃線となった標津線は、標茶駅(川上郡標茶町)~標津駅(標津郡標津町)を結ぶ鉄道路線で、途中の駅からは分岐し、中標津駅(標津郡標津町)~厚床駅(根室市)間の支線も有していた。ちなみに『標津』の呼び方については、『士別』と混同しないために道民は『標津』を「ねむろしべつ」、『士別』を「さむらいしべつ」と呼んでいたりする。この標津線には、標津線支線の奥行臼駅のように管理・保存されることなくゆっくり...

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【標津線】廃線巡り2 ~ 上春別駅

続いては標津線上春別駅。野付郡別海町本別、北緯43度27分35秒・東経144度47分11秒。道道13号中標津標茶線と道道957号大成西春別線の中間に位置する。この辺りは人の気配が無い。道道からは思ったよりも距離があり、見た目より雪が深い。試しに歩いてみると太ももまで埋まったのでスノーシューを装着。ここのホームも人が近づいた形跡は無かったが、鹿の往来は多いようだ。光進駅と比べると木が少ないため歩きやすい。良くみると、...

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【標津線】廃線巡り3 ~ 平糸駅

標津線廃線跡巡り、この日最後に訪れたのは支線の平糸駅。標津線で、自然のまま残っているホームはこれで制覇した(と思う)。光進駅~上春別駅~平糸駅と巡ってきて、遂に夕暮れを迎えた。…さすがに同じ日・同じような仮乗降場タイプの簡易ホームばかりを見て回ると若干飽きが来るのは否めず。倒壊した木造待合所にも雪が積もる。ここ平糸駅は夏にも来ていたので、光進駅・上春別駅ほどの興奮は無いがお約束としてホームの上に乗っ...

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【標津線】廃線巡り4 ~ 保線小屋?

辺りが暗くなりはじめたので、急いで平糸駅を後にする。前回訪問時に見かけた小屋に近づいてみるためだ。中標津方向に盛り土っぽい道を100mほど歩いただろうか、小屋に到達。廃線跡っぽい道の脇にあるというだけで保線小屋と決めつけたが、全然関係ないかも知れない。内部を確認。やっぱりさっぱりわからない。小屋に貼ってあるプレートには、怪しい落書きがある。意味は不明、1992年の東京s川急便事件を連想させる内容。裏に回...

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幣舞公園から見た夜景

幣舞(ぬさまい)公園の展望デッキにて。ここは幣舞橋の南にある高台公園で、展望デッキからは北大通とロータリー・幣舞橋と釧路川・花時計の文字盤の裏(笑)などを見ることが出来る。ちなみに以前の記事、風速12m/s で載せたピンクのイルミネーションはここに飾られたものだ。調べ物で行った図書館から出たところ、タイミング良く日没にぶち当たったので撮ってみた。釧路川にかかる幣舞橋、釧路駅から続く北大通にロータリー。それと...

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健保会館 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

雄別炭山駅前、栄町から宮下町へ向かって歩く。雪の季節にこの辺りを歩くのは初めてだったが、この時期でも人が立ち寄ることはあるようだ。道道に設けられたゲートは閉まっているにも関わらず、自動車のタイヤ痕のように見える。このタイヤ痕は、雄別炭鉱病院より更に先へと続いていた。抜け道でもあるのだろうか。正面には栄町購買会の建物。周辺には、この辺りにあった住居・商業・娯楽施設の遺構が多数確認出来る。橋の向こうに...

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協和会館(映画館) ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

健保会館から見えた遺構に近づく。協和会館だ。と言っても、現存するのは建物の一部のようだ。初めて目にしたときは、トーチカかと思った。この協和会館は、映画上映のほか学校の催し物などにも利用されていたようだ。建物は1997(平成9)年ごろ火災にあったそうだが、その時に解体され現在の姿になったものなのか火事の前からこうだったのかはわからない。火災の原因もわからない。そう言えば今から20年ほど前、私の周囲では肝試し...

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