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鴨々川とグリーン車

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札幌市営地下鉄南北線「幌平橋駅」周辺にある『鴨々川游水場』。『かもかもがわ』は通称で、名称は京都の鴨川を参考にしたとかしないとか言われているらしい。


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鴨々川と言うだけあって、鴨だらけ。


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当ブログでは珍しく生き物の写真を載せてみましたが、これはマガモで良いのかな?


というわけで先日、札幌から帰ってきました。

初めて『特急おおぞら』のグリーン車を利用してみたのですが、
・2+1人掛けシートは広くふかふか、列車酔いもしなかった
 (バスや車酔いはしませんが、列車、特に「おおぞら」だけには弱いもので)
・シートに電源コンセントが付いている
 (使わなかったけど)
・フリードリンクと雑誌のサービスがある
 (烏龍茶一杯しか飲まなかったし雑誌は読まなかった)
という点で快適に過ごせたものの、グリーン料金の4,000円を高いと感じるかどうかは人それぞれかなあ。

参考までにグリーンの車内を。

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職員倶楽部 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

今年も見に来てしまった、雄別に残る木造の建物『職員倶楽部』。

かつての繁栄の象徴、雄別御殿とも言われた建物は年々崩壊が進んでいるようで、中に入るのはかなり危険な状態だ。屋根に積もった雪はさほどの量ではなかったが、この日も雪が降っており、道東は一旦雪が降ったら春まで連日氷点下の気温が続くため、なかなか雪解けが進まず、結果、雪の重みで建物を傷めることになる。それでもこの木造の建物が倒れないのは、やはり『御殿』としてのプライド…というより余程丈夫な構造なんだろう。

とは言え建物の周りを一周してみると、去年より外壁のヒビが大きくなっていることに気づき、少し悲しい。個人的には、雄別と特別な関係があるわけでも無い私だが、ここまで通っていると愛着が湧くので、これからも毎年、無事な姿を確認しに来てみようかと思っている。

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さて来年は、どうなっていることだろうか…


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購買部 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

昭和36年に設立された雄別商事の購買の建物は、駅前スーパーマーケットのようなものだった。

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この建物は数年前まで落書きだらけ、床は瓦礫だらけだったのだが、今や落書きは消し去られ、床上もすっきりとしている。骨格は頑丈そうな建物でも木造部分は痛み出してきたか、カウンター裏の部屋の天井が低くなってきている。これでは階段も、もう恐くてあがれない。しかも何となく…壁の穴が大きくなってきている?ような気がするが。

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ちなみに外は大雪だ。だからこのブログタイトルにしたのだった。

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建物裏側の崩壊具合はかなりのもので、ほとんど壁がなく鉄骨剥き出し…これでは長いこともたないかも知れない。


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【標津線】廃線巡り1 ~ 光進駅

1989(平成元)年に廃線となった標津線は、標茶駅(川上郡標茶町)~標津駅(標津郡標津町)を結ぶ鉄道路線で、途中の駅からは分岐し、中標津駅(標津郡標津町)~厚床駅(根室市)間の支線も有していた。ちなみに『標津』の呼び方については、『士別』と混同しないために道民は『標津』を「ねむろしべつ」、『士別』を「さむらいしべつ」と呼んでいたりする。

この標津線には、標津線支線の奥行臼駅のように管理・保存されることなくゆっくりと自然に還ろうとしているホームがいくつかあり、今回、雪に埋もれる『光進駅』『上春別駅』『平糸駅』を訪ねてきた。

まずは標津線光進駅。野付郡別海町泉川、北緯43度22分33秒・東経144度44分14秒にある。緯度経度がわかるのは、私のような廃線初心者にとっては大助かりであり便利な世の中である。光進駅のホームは、道道830号泉川西春別線から町道(名前はわからない)に入るとすぐに見つかった。

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路側帯には度重なる除雪により固く締まった雪が残っており、当然駐車場なども無く車の置き場所には困ったが、うまい具合に除雪されているスペースが反対車線側に見つかったのでUターンして路肩に車を停めることが出来た。ホーム跡の見学には丁度良い位置だ。


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車からここまで徒歩10秒。この遺構へのアクセスは実に容易だ。


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当然、除雪などされていないので、膝まで埋まりながらホームの階段を目指す。


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雪よりも枯れ木が邪魔で進みにくかったが、なんとかホームに上陸。


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ホームの上も枯れ枝が行く手を阻む。


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枯れ枝障害を抜けて振り返る。


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ホームの端っこに到達。「0標識」があるが、これの意味は知らない。


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ホームから降りる。


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10メートルくらいかな、短いホーム。


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標茶方面は見渡す限り直線だ。鉄道防風林と廃線跡の直線は2kmほどあるようだ。


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このタイプのホームは、鉄骨製コンクリート床簡易型ホーム仮乗降場スタイル、と言うらしい。


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「30」。数字の意味はあるんだろうけど何だかわからない。ホーム床の厚さより何倍も厚い残雪。


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路肩に駐車していたとは言え通行の妨げになってもいけないので車のドアミラーを畳んでおいたが、到着から探索終了まで1台の車も通ることはなかった。

ここの駅名標は無いものと思っていたが、中標津方面隣の『西春別駅』にある交通公園(別海町鉄道記念公園)に保存されているらしい。この類の交通公園は他にも道内に多数あるので、折を見て見学してみるのも良いかも知れない。

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【標津線】廃線巡り2 ~ 上春別駅

続いては標津線上春別駅。野付郡別海町本別、北緯43度27分35秒・東経144度47分11秒。道道13号中標津標茶線と道道957号大成西春別線の中間に位置する。この辺りは人の気配が無い。

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道道からは思ったよりも距離があり、見た目より雪が深い。


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試しに歩いてみると太ももまで埋まったのでスノーシューを装着。


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ここのホームも人が近づいた形跡は無かったが、鹿の往来は多いようだ。


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光進駅と比べると木が少ないため歩きやすい。


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良くみると、ホームの下側にも足跡がある。鹿ではなくキツネだろうか。


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難なくホームに上陸。動物の足跡が転々と続いているのが印象的。


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障害物が少ないのであっという間にホームの端っこへ。標識などは見当たらず、特に見どころも無さそう。


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ホームの上はあまり雪が積もっていないが、吹きさらしで雪が飛んだか日当たりが良くて解けたのだろう。


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廃線ホームの見どころは自然に溶け込む風景と、ホームの床下なんじゃないかな。簡易ホームと言われるホームだが、本当に簡易的だ。


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全く手入れなどされていないホームだ、と思っていたが木を切り倒した跡を発見。


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階段の手すりやホーム周辺の鉄柵は取り払われたのか見当たらず、光進駅が立派に感じる。


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振り返ると…動物の足跡をスノーシューの跡で塗り替えてしまっていた。


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ホーム跡の延長線上にあった遺構。
標津線と関係あるかは…よくわからない。

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【標津線】廃線巡り3 ~ 平糸駅

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標津線廃線跡巡り、この日最後に訪れたのは支線の平糸駅。
標津線で、自然のまま残っているホームはこれで制覇した(と思う)。

光進駅~上春別駅~平糸駅と巡ってきて、遂に夕暮れを迎えた。


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…さすがに同じ日・同じような仮乗降場タイプの簡易ホームばかりを見て回ると若干飽きが来るのは否めず。


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倒壊した木造待合所にも雪が積もる。


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ここ平糸駅は夏にも来ていたので、光進駅・上春別駅ほどの興奮は無いがお約束としてホームの上に乗ってみた。


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もう日が暮れてしまうところだ。


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何となく物足りない気持ちで引き返す。

が、まだギリギリ明るかったので少し探索してみることに。


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このあと、廃線跡を中標津方面に辿って保線小屋(?)のようなものを見つける。

保線小屋かどうか良くわからない小屋の記事は、また次回。


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夏に見た、待合所に貼ってあったメモはまだ残っているようだった。

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【標津線】廃線巡り4 ~ 保線小屋?

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辺りが暗くなりはじめたので、急いで平糸駅を後にする。
前回訪問時に見かけた小屋に近づいてみるためだ。


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中標津方向に盛り土っぽい道を100mほど歩いただろうか、小屋に到達。


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廃線跡っぽい道の脇にあるというだけで保線小屋と決めつけたが、全然関係ないかも知れない。


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内部を確認。やっぱりさっぱりわからない。


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小屋に貼ってあるプレートには、怪しい落書きがある。
意味は不明、1992年の東京s川急便事件を連想させる内容。


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裏に回ると眼鏡石があり、暖房器具があったことを確認。


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※ちなみに、今確認してみたらやっぱり保線小屋だったようです


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ここに薪か石炭でも置いていたのだろう。今は何も無い。


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落書きの意図は不明だが、冬場でなければ近づけない(夏場は近づく気にならない)保線小屋を、あと数年もしたら平糸駅の待合所のように倒壊してしまうであろう保線小屋を、自然に還る前に見ることが出来たのは良かった。

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幣舞公園から見た夜景

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幣舞(ぬさまい)公園の展望デッキにて。

ここは幣舞橋の南にある高台公園で、展望デッキからは北大通とロータリー・幣舞橋と釧路川・花時計の文字盤の裏(笑)などを見ることが出来る。ちなみに以前の記事、風速12m/s で載せたピンクのイルミネーションはここに飾られたものだ。


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調べ物で行った図書館から出たところ、タイミング良く日没にぶち当たったので撮ってみた。


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釧路川にかかる幣舞橋、釧路駅から続く北大通にロータリー。


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それと花時計の文字盤『KUSHIRO』の裏。


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本日も夕焼け空が綺麗だ。


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滞在時間は10分ほどだったかな。

考えてみたら55-300mmレンズを活用したのは久しぶりかも知れないw

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健保会館 ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

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雄別炭山駅前、栄町から宮下町へ向かって歩く。
雪の季節にこの辺りを歩くのは初めてだったが、この時期でも人が立ち寄ることはあるようだ。
道道に設けられたゲートは閉まっているにも関わらず、自動車のタイヤ痕のように見える。
このタイヤ痕は、雄別炭鉱病院より更に先へと続いていた。抜け道でもあるのだろうか。

正面には栄町購買会の建物。


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周辺には、この辺りにあった住居・商業・娯楽施設の遺構が多数確認出来る。


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橋の向こうに健保会館が見える。


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地上2階・地下1階の建物だったようだが、残っているのは地下部分だろうか?


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健保会館の一部分だけが残っている。


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地下というか半地下のようになって地面に埋もれていたせいで、解体するのが困難だったとか?


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建物内部はいくつか部屋があるようだったが、どれも瓦礫に埋もれていた。

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この健保会館、1階は剣道場・柔道場、2階はダンスホール、地下はシャワールームだったらしい。


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協和会館(映画館) ~ 冬の雄別、炭鉱町跡

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健保会館から見えた遺構に近づく。協和会館だ。
と言っても、現存するのは建物の一部のようだ。


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初めて目にしたときは、トーチカかと思った。

この協和会館は、映画上映のほか学校の催し物などにも利用されていたようだ。
建物は1997(平成9)年ごろ火災にあったそうだが、その時に解体され現在の姿になったものなのか火事の前からこうだったのかはわからない。火災の原因もわからない。

そう言えば今から20年ほど前、私の周囲では肝試しが流行っており、その時雄別へ行ってきたという者らに聞いた話を思い出した。肝試しには私も誘われたが当時は全然興味がなく、不謹慎だという思いもあり断ったのだが、その時聞いた話では『映画館やボーリング場があった』ということだった。20年前とすると1994年、火事の起きる前だ。もし、道道沿いに残る購買の建物と勘違いしたのでなければ、火事の前には映画館が残っていたということになる。ボーリング場は何かの間違いだとしても。また、当時肝試しが流行っていたことを考えると、火災の原因は今で言うDQNたちのせいかな?火災による解体だったとしても、何故この部分だけを残したのかは不明。当然、この部屋が何だったのかもわからない。謎だらけだ。


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部屋の入り口(?)には階段があり、入り口は身をかがめないと頭をぶつける低いものだ。


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内部の様子。銃眼…ではなく飾り窓のようなものが不規則に並んでいる。


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天井にはスプリンクラーか?壁には配管が走る。洗面台?トイレ?

便槽でもあれば特定出来たのだが、残留物は特に見当たらなかった。


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飾り窓の部分を外から見ると、こんな感じだ。


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部屋の形状は台形。

トイレにしては便槽が無いし、映画館だったのなら映写室が正解?で、飾り窓じゃなく映画を投影するための穴(名前は知らない)だったのではないか?などなど、いろいろと想像してしまう部屋だ。

入り口が低いことを考えると、やはり映写室だった、だからこそ残した。のだろう。多分。


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ここ協和会館の付近には別館宿泊施設や神社、土俵、健保会館に保育所など商用・福利厚生施設が並んでいたようだ。


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プロフィール

シゲゾウ

Author:シゲゾウ
廃物件探索業協会 道東支部長

主に北海道の鉱山・炭鉱遺産・廃線跡など産業遺産系廃墟やトーチカなどの軍事遺構、その他無人駅・文化財・秘境などなど気まぐれに写真を撮っています。夜景も好き。


[注意事項]
遺構についての説明は個人が趣味の範囲で調べたものですので、必ずしも正確なものではありません。間違いがあればご指摘戴けたら幸いに思います。
また、当ブログで熊などが生息している危険な場所を扱うことがありますが、探索を推奨するものではありません。というか、むしろ行くべきではないと思います。突然の穴、崩壊、地すべり、いくら慎重に行動しても事故等の可能性は無くなりません。当ブログを見て何らかのトラブルに巻き込まれても当方は一切責任を負いません。
お約束ですが画像の無断使用はお断りします。リンクに関しては特に制限御座いません。

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