探索日和

Archive2014年06月 1/2

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夕張市南部青葉町の商店街

三弦橋を見に行く途中に通った町がなんだか気になったので見学の帰りに立ち寄ってみることにしました。シューパロダム管理事務所のある町、南部青葉町商店街の一角。非舗装道路の始点にある看板。食料品店にガス器具店、電器店。少し離れた場所に焼肉屋や飲み屋。この辺りが商店街だったことを、残る看板が物語っているようです。地元でもわりとよくある見慣れた風景ですが、残留物の多さが気になります。無人のように見えますが、...

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清水沢ダムから見る発電所

北炭清水沢火力発電所。1941(昭和16)年に完成した夕張炭鉱用の発電所で、現在解体中となっている……らしいのですが、数年前のアートプロジェクトで見た時とあまり変わってないように見えるので、解体ストップしているのかも知れませんが、よくわかりません。私がブログを始めたきっかけは、ここで行われた清水沢アートプロジェクトでした。そう言う意味では思い入れのある場所です。アート作品が展示されていたのはこの辺りでしたが...

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夕暮れの信号場にて

JR北海道根室本線の常豊信号場。上厚内と浦幌の間にある現役の信号場です。※ここに立ち寄ったのは日没直前でしたので、暗くなる前に!と慌てていたためか、カメラのホワイトバランスを確認し忘れ「太陽光」の設定で撮影しちゃってたようで、画像が全部青味がかったブルーな状態になってしまいました。でもこんな時に助かるのがK-5付属ソフトの「PENTAX Digital Camera Utility 4」。多少重いけどホワイトバランス再設定においては...

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帯広の森掩体壕群

『帯広の森』育成管理と利活用の拠点『はぐくーむ』の北にある掩体壕。形状は凸型、現在残っているものは壁部分だけですが、当時は天蓋もあり実際に練習用の戦闘機を配置していたとの情報もあります。周辺に同形の掩体壕が46基、他にも大型の掩体壕が7基あり、旧帯広第一飛行場(陸上自衛隊十勝飛行場)を囲むように存在していたようです。(看板の情報・ネットの情報より)今回のブログタイトル『掩体壕群』としましたが、残っている...

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恵庭鉱山探索 - 1

鉱山探訪は二回目、前回の鴻之舞では精錬所に辿り着くことが出来なかったので、精錬所はこの恵庭鉱山が初めてになります。今回も At the place - その場所で - ひこ さんに連れて行って貰いました。スノーシューを装着し、歩くこと30分くらいかな?なんとか精錬所に辿り着きました。あ、もう夏も近いというのに雪の風景が続いてますが、この場所で最後です(^^昭和18年の金鉱山整備令による閉山まで活躍、なので戦時中のものかな...

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恵庭鉱山探索 - 2

ここから最上段を目指して急な斜面を登っていきます。鉱山の精錬所というのは初体験、斜面を転げ落ちないよう気を遣います。最上段に到達。特に何も無いようです。下を見降ろしてみましたが、見えるのは雪ばかり。というわけで下山。精錬所の中心部と思われる設備に近づいてみます。どんな設備があるのか興味があったので、せり出すコンクリートをかわしながら内部へと進んでみました。が、この壁を乗り越える気にはならなかったの...

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恵庭鉱山探索 - 3

恵庭鉱山記念に撮ってもらいました(笑)こうして見ると、遺構の大きさが良くわかりますね。たまにはこういう写真も良いかも知れません。で、最後に、シューターの穴に出来たつららを。季節的には春。そう寒くもなく、いつ落ちてくるかもわからない状態。見れば見るほど落ちそうで、真下を歩くのは危険ですよね。70年前、トーチカよりも少しだけ古い遺構はやっぱり迫力があります。初の鉱山精錬所探索でしたが、カッコいい遺構にすっ...

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恵庭鉱山 火葬場

恵庭鉱山、鉱山街にあった煉瓦造りの火葬場。この火葬場、完成は閉山の直前だったため一度も使用されなかったとか。昭和に設計された火葬場は「高い煙突」が象徴らしいのですが、この、昭和18年頃に造られた火葬場の煙突はとても低い。窯の入り口と比較して高さがわかるでしょうか?これは多分、『エアぶろ』管理人”のん”さんの見解通り、折れたからでしょうね。簡易な煉瓦製だったのでしょうか??それにしても、一度も使用されて...

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恵庭森林鉄道6号橋 1

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恵庭森林鉄道6号橋 2

この建物は O字製紙 恵庭発電所取水堰管理小屋 だそうです。昭和2年 王子製紙が漁川発電所建設に必要な資材を運搬する軌道を敷設 昭和6年 木材運搬のため恵庭営林署が軌道を買収、軌道を順次延長しはじめる昭和30年 道路の開発が進み、木材の運搬がトラック輸送に切り替わったため森林鉄道を撤去 6号橋がいつ完成したのか正確な年代までは調べられませんでしたが、使われなくなってから約60年というところでしょうか。『ゲルバ...

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