探索日和

Archive2014年09月 1/1

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中湧別駅跡

ホームと木造の跨線橋やレールが、開業当時のまま保存されているようです。時計が良い雰囲気ですね。駅名標や乗換案内板も当時のままでしょうか。跨線橋は封鎖され、中に入ることが出来ませんでした。保存車両腕木式信号機車両も信号機も綺麗に保存されていました。北隆・北見鉱山弾丸ツアー(笑)の途中で立ち寄ったのですが、道の駅に併設しているため人も適度に居て保存状態も良く、居心地は良かったのですが、跨線橋を渡れなかっ...

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北見(伊奈牛)鉱山 1

北旅人 - Photolog - さん と行くオホーツク鉱山日帰り弾丸ツアー後編、興部町の北隆鉱山から鴻之舞鉱山を素通りしてやってきました。集落の中に設置されている看板この『旧北見鉱山案内図』の看板によると、昭和8年、住友による調査の結果、伊奈牛に有望な鉱床を発見という説明になっていますが、丸瀬布町史を参考にしたという情報によると、大正3年、遠軽在住の安江氏が伊奈牛川口で鉱床を発見、その後試掘と廃坑が繰り返され最...

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北見(伊奈牛)鉱山 2

鉱石による着色でしょうか、コンクリートが様々な色彩を放ちます。この選鉱場は、昭和17年に造られたもののようですが、閉山の昭和38年まで使われていたかどうかは不明です。斜面に沿って階段状に遺る土台下の階層へと続く丸い穴遺構の向こうに広がる森を見下ろす見上げても鬱蒼たる木々コンクリートに板のようなものが横たわっています。この選鉱場では、鉄材や木材が至る所で見られます。この辺りが選鉱場の中腹くらいかコンクリ...

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北見(伊奈牛)鉱山 3

選鉱場の上段に登るにつれ、様々な形の遺構が姿を現しました。腐食している木材鉄材も見られる倒れたのか、最初からこの角度なのか?これこそドミノ倒しみたいですが往時はどんな設備だったのか、稼働時の選鉱施設内部写真があったら見てみたいものです。...

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北見(伊奈牛)鉱山 4

選鉱場の土台を眺めながらのちょっとした登山でしたが、上段へと登るたび次から次へと色々な形の遺構たちに出会え、全く飽きること無く登り続けられます。足元に転がるのは、鉄管の輪切り?何だか想像つかないからこそのワクワク感…下を見ると先ほどのドミノが小さく見えるきっと、この形にも意味があるのだろう最上段はもうすぐです … 特に何も無かったのですが(笑)...

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北見(伊奈牛)鉱山 5

選鉱場の最上段までもうすぐ、というところでも石垣を見ることが出来ます。さらに、このような何かの台座もありました。設備跡が見られるのはここまでのようで、この先、最上段にいたっては壁しか遺っていないようです。水が流れたような跡が遺るコンクリート壁ここからの見晴らしは最高に良い最上段(と思われる)の壁本当にここが選鉱場の最上段だったのかは不明ですが、これより上では特に何も発見出来ませんでした。と言うわけで...

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北見(伊奈牛)鉱山 6

北見鉱山、最後はズリ山と坑口です。選鉱場の近くにあるズリ山小川を遡るとある坑口いかにも古そうな坑口、霊が出そうw奥までずっと続いているように見える鉱水が溜まる青い池池から溢れだした水が小川に注ぐ私にとって『鉱山』はまだ4つ目、選鉱場は初めての探訪、大変素晴らしいものとなりました。今日までこんなにも遺っていてくれたことに、感謝です。...

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海底ケーブル陸揚施設(根室)

根室市西浜町ハッタリ海岸に位置する『根室国後間海底電信線陸揚施設』。かつて「根室半島」と「国後島」を繋いでいた海底通信ケーブルを陸に揚げる施設です。陸揚施設には門柱も遺る1900(明治33)年、旧逓信省(郵便・通信を所管)により建設。北方領土に日本人が住んでいたという貴重な証拠になります。施設裏の海岸には消波ブロックが並ぶ施設裏側の様子幅 3.8m × 奥行 5.9m × 高さ 3.7m の小さな建物です。現在は根室市が戦争...

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