探索日和

Archive2015年01月 1/1

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関東遠征戦跡巡り - 03

第二砲台を目指して歩き回ってみる。手元の簡易地図によると、東京湾海上交通センターが目印のよう。結構歩いて到着。かな~り素敵な雰囲気です。すぐ近くにトンネルがありますが、それは後回しに。第二砲台の説明を発見。先ほどの『三軒家砲台』は明治27年起工~29年竣工、ここ『第二砲台』は明治13年起工~17年竣工と更に古いようだ。で、掩蔽部に入れるという噂(?)の場所を発見。確かに潜り込めそうでもゴミやら泥水やらが凄い...

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関東遠征戦跡巡り - 04

午後から猿島行きを予定していたため時間があまり無く、急いで回らざるを得ない状況の観音崎砲台巡り。取りあえず第一と第三砲台が見つからなかったので、先にたたら浜のトーチカを探すことにする。で、探すというほどのことも無くあっさり見つかります。実は事前にグーグルストリートでチェック済み。このトーチカはいつ頃のものなのか、調べてみたのですがよく判りませんです。これもまた事前にチェックしておいた yakumo さんの...

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関東遠征戦跡巡り - 05

午後からの猿島渡航まで時間が無くなってきたので、急いでたんですが気になるシルエットを発見。これ↓28サンチ榴弾砲の模型観音崎ビジターセンターと公衆トイレの間に位置する。観音崎公園のボランティアで造った模型だそうだ。説明板に『今は戦争のない平和な世の中になりましたが』とある。…いつまでもそうであって欲しいものだ。ちなみにサンチという呼称が気になったので調べてみると、、、調べるというかwikiで探しただけです...

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関東遠征戦跡巡り - 06

第一砲台に到着これもまた他の砲台とは違う雰囲気だ。もうしばらく見学していたいところだが、この時点で正午目前。まだ第三砲台を見てないので猿島行きを遅らせようかとも迷ったが、やはり猿島も気になるので観音崎はここまでとする。正味3時間足らずではこんなものかなあ。次回はもっと時間を取って回れたらと思うが、いつになることやら。落書き?う~ん、結局時間が足りないと思って第一砲台をじっくり見れなかった。この後猿...

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いざ!猿島

京急本線浦賀駅です。観音崎に後ろ髪を引かれつつも猿島へ向かうべく電車に乗り込む…先頭車両、乗務員室にかぶりつき。。。一度やってみたかった(笑)京急大津の辺り。鉄道ファンというわけではないのですが、この風景嫌いじゃないです。鉄道ファンではありませんが、左右に京急車両・レールの分岐も好き。…というわけで、堀之内から学生たちがたくさん乗ってきたので写真はここまで。再び横須賀中央駅まで戻って来ました。その後su...

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関東遠征戦跡巡り - 07

『猿島』軍事施設としての利用は、1847(弘化4)年 江戸幕府の台場構築 にはじまり1884(明治17)年 猿島要塞の完成 そして1945(昭和20)年 終戦 まで続いたという。その後米海軍に一部を接収されたり返還されたり海水浴場が出来たり閉鎖されて立入禁止の無人島になったり散策路を整備して一般開放されたり入島料を検討したりと目まぐるしい歴史を辿ってきた猿島だが、この軍事施設が実戦に用いられたことは無い(?)という。10月...

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関東遠征戦跡巡り - 08

いよいよレンガのトンネルへ。緑色の壁は、苔だろうか?観音崎のトンネルと違って崩落の注意を促す看板などは無いので、安心してレンガのトンネルに突入。整備したような感じの床に、蛍光灯も設置されている。途中、鉄格子の向こうに階段が見えた。ものすごく…昇ってみたい。トンネルの出口。正面にもトンネルが見えるが、通路に改変された弾薬庫らしい。弾薬庫の上方に見える揚弾井(ようだんせい)。クレーンを使用し井戸みたいな...

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