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運炭軌道の廃隧道を調査する

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しげ@ぼうけんか

7月も終わろうかというときに、真冬の記事になります。
今年やっと4度目のブログ更新。。。2018年も細々とやって行くつもりです。


で、今回は廃隧道。

M治鉱業SYR炭鉱の遺構、PNK坑間専用線運炭軌道です。

K5_B4222.jpg

この専用線については、なんとなく理解している程度ですがこんな感じかと。。。

M治鉱業は昭和16年にPNK坑を買収しましたが、選炭については既に営業採炭をはじめていたSYR炭鉱に設備が整っていたため、PNKで出た原炭をSYRまで運び選炭していたようです。
専用線はSYR・PNK間約7kmに敷設、PNKに選炭場が設けられるまでは使われていたのではないかと思います。
選炭場が出来てしまえば運炭軌道も必要無いので。
PNKの選炭施設は、昭和36年、石炭鉱業合理化政策への対応でPNKを分離・独立した際、もしくは昭和39年のSYR炭鉱閉山後に造られたのではないかと思います。


これは資料館にあった坑外施設図です。↓

UNTAN.jpg

地図のPNK坑運炭軌道が途切れているところが隧道で、見た目わずか100m足らず。
非常に短い隧道で、コウモリも住み着かないようです。

昔の写真はこんな感じでした。↓

UNTAN2.jpg


閉山から約50年が経過した現在でもなんとか形を保ってはいますが、既にPNK坑側の坑口手前が崩落しており、内部の傷みも激しく、年々クラックも増えているため入るのはとても危険かと。
絶対にオススメしません。


というわけで、自己責任。

K5_B4216.jpg

通称、ショロニョロ。

隧道内は、氷の世界になっています。

K5_B4217.jpg

いろいろな形があって面白いのですが、今回はコレが目的ではありません。

K5_B4218.jpg

上から氷柱、下から氷筍、の連携攻撃。

この部分、特に氷の流入が多いということなのか?危険ですね。

K5_B4219.jpg

土砂流入で閉塞しているため、ここからPNK側には抜けられません。


というわけで、
今回はこの閉塞部分の向こう側、「PNK坑側の坑口を探る」というのが目的でして、坑口上の山を登ってみました。

いきなり何かあります。

K5_B4242.jpg

K5_B4239.jpg

水道関連の施設かな?

K5_B4245.jpg

錆びた鉄管にフランジが見えます。

K5_B4248.jpg


こちら側にももう一つ。

K5_B4250.jpg

カメラのストラップを持ってタイマー撮影しましたが、謎の地下空間です。

K5_B4253.jpg

知識が無いのでよくわかりませんが、他にも遺構はありました。


この山を降りると、目指す坑口が見えました。

K5_B4259.jpg

PNK坑側坑口。

すっかり埋もれています。

K5_B4289.jpg

坑門でポッキリ折れたような感じです。

K5_B4267.jpg

この、折れた部分から覗いてみます。

K5_B4280.jpg

先程のショロニョロが確認出来ますね。

K5_B4283.jpg

K5_B4287.jpg

というわけで、目的は達成出来ました。


少し、軌道跡を歩いてみます。

K5_B4295.jpg

K5_B4292.jpg

かつての軌道跡は、土砂や倒木で自然に還りつつありました。


その後、ジムニーで冬の林道走行やクロカンごっごを楽しんだり、地元ハンターとコミュニケーションをとったりしつつ、久しぶりに変電所跡に立ち寄りました。

K5_B4319.jpg

K5_B4300.jpg

相変わらず何もありませんね。

K5_B4305.jpg

K5_B4307.jpg

K5_B4310.jpg

「死体置場」と落書きされた部屋にあった、マネキンの頭部(過去記事参照)がなくなっていたので周辺を探してみたところ、



K5_B4322.jpg

外に捨てられていましたw

昔のように、炭鉱跡で肝試しとかいう時代でもないので、ハンターさんの仕業でしょうか?

そう言えばハンターさんに聞いた話、ここの林道ゲートは入り口に「自己責任」と書いた看板がいくつかあったため、てっきり企業撤退によるゲート撤去だと思っていましたが、真相はどうやら心無い連中に壊されてそのままになってるだけ、とのことでした。

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