たんけんのきろく(探索の痕跡)

炭鉱跡や戦争遺跡など、産業軍事遺構の探検写真ブログ

林業再開?【本岐炭鉱】

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しげ@ぼうけんか

1969年の閉山から54年が経過した、北海道白糠郡白糠町中庶路にある本岐炭鉱。




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数年ぶりに訪れてみると、ずっと散らかりっぱなしだった地面の倒木や落ち葉が綺麗に片付けられていた。




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2019年当時の写真。当時は道路が苔で覆われ足の踏み場もないくらいに倒木だらけだったが、何があったのか。




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目の前にあるトラックステーションを見てみる。




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相変わらず不法投棄のゴミが溢れていた。




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奥地へと続く林道も片付けられ、車が走りやすい状態にまで整備されている。

諸々の状況を調べてみると、どうやら王◯木◯緑化社が林業を再開させたようだ。

最奥地まで行ってみると、伐採作業途中と思われる現場を確認。既に放置されたものと思っていたが。

この日は作業が行われていなかった為、引き返しがてら炭鉱遺構を見学する。




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もはや屋根だけになってしまったお社。




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当時のお社かどうかは不明だが、本岐炭鉱神社が1941(昭和16)年に設立されている。80年経過。




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お社の付近には、ボルトの突き出た基礎コンクリートが並ぶ。




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太いパイプか何かを支えていたような土台群。




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崖っぷちには何かの遺構。




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崖下に同じようなものがもう一つある。




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この遺構、何に使用されていたのかサッパリわからない。




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足元にはアンカーから伸びる錆びたワイヤー。




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崖に沿って同じようなものが他にも遺る。




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遺構の下にはズリっぽいものが溜まっているが…ズリ運搬関係の遺構?




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この遺構の崖下には庶路川の支流が流れている。




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上面はパイプを切ったようなものと、黒いゴムのような塊が。ベルト??




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すぐ近くにレールもある。




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レールの延長線上には坑口がある。




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レールが敷いてある土台下の坑口。




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軽く潜って覗き込む。




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数メートルで閉塞。足元にあるのは枕木のようにも見えるが、詳細は不明。




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多数遺る坑口群を見学しながら下山する。




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2つの坑口が向かい合って並んでいる。




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寄ってみる。扁額の跡がクッキリ。




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もう一つの坑口。




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密閉コンクリートが欠け、隙間が大きくなっている。




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隙間を覗くと相変わらずのベルトコンベアー。




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すっかり整備された林道が下まで続く。




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壁だけの建物。浴場か事務所か休憩所か不明。




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油断すると落とし穴に嵌る。




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密閉された人道坑口。




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石炭積込ホッパー。手前にはそう古くなさそうな電子レンジみないなものが投棄されていた。




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建物上方の様子。




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ホッパー。選炭場や貯炭場も気になったが、これにて撤収することに。




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この日はオープンだったが、現在はチェーンが張られて車での侵入は出来なくなっている。



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計根別・川北飛行場(別海・標津)

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しげ@ぼうけんか

『陸軍計根別第一飛行場の有蓋掩体壕群』
『川北海軍航空基地の戦闘指揮所』

今回は2箇所、道東方面に現存する戦争遺跡を見てきました。




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まずは『陸軍計根別第一飛行場の有蓋掩体壕群』。

掩体壕の近くに立派な案内板が設置されています。




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場所は北海道野付郡別海町本別。

1942~1943年頃に造られたもので、3つの有蓋(屋根あり)掩体が現存しているとのこと。




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正面から。




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訪問当日、掩体壕の周りでは何台ものトラックが絶賛牧草作業中だったので、あまりウロウロせず去ることにします。




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道道13号を跨いで南下、最初の掩体から2kmほど離れた場所にそれらしいものを発見。

案内板は設置されてませんが、季節が良かったのか目で見てわかりました。

道路からはかなり遠いのですが、牧草地なので無闇に入ることは出来ません。




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横に周ってみると、掩体壕からシカが出てきました。




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すぐ近くにもう1基ありましたが、遠すぎて良くわかりません。

これにて3基コンプリートということで。




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ついでなので現在別海フライトパークとなっている『計根別第一飛行場の格納庫基礎』を見学。




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基礎なのか壁なのか良くわかりませんが、家(民家?)に続く舗装路を挟んで同じようなものが逆向きにもう1列ありました。

日没が近づいてきたため多少焦りながら次の目的地へ、40kmほど北上します。




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『川北海軍航空基地の戦闘指揮所』に到着。

日没まであまり時間がありません。

場所は北海道‎標津郡‎標津町‎川北。駐車場完備。案内板あり。




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案内板その1。




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川北基地配属兵からの手紙が載っています。読みやすいように加工済み。




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地図拡大。戦闘指揮所と書いて赤丸で囲っている部分に駐車場があります。

滑走路となっている灰色部分は、ソーラーパネルで埋め尽くされています。




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案内板その2。




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戦闘指揮所と言っても、この連絡通路(図の右上)くらいしか見ることが出来ないようです。

管理者に頼めば中に入れてもらえるという情報もあります。




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戦闘指揮所の連絡通路まではロープで誘導されています。

どうやら日没には間に合いそうです。




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木の階段を降りると連絡通路になります。




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鉄格子で封印されています。




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図面によると、幅1.5mで通路は19m続いているようです。

鉄格子にカメラを突っ込んでライトを当てて撮影。トンネル内にシャッター音が響きます。




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トリミング加工するとこんな感じ。。。奥に見えているのは指揮所の壁でしょうか?何だか良くわかりませんねw




計根別飛行場など別海町歴史文化遺産についてはコチラ
https://betsukai.jp/kyoiku/culture/bunkazai/rekishi_isan/entai/

川北海軍航空基地についてはコチラ
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/429872




藻琴トーチカ(網走)

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しげ@ぼうけんか

北海道網走市藻琴、網走原生牧場観光センターにあるトーチカ。『浜藻琴』と同じく二階建てのトーチカで、保護するために建てた小屋の中にあるというワリと珍しいトーチカになります。内部は危険なので現在は公開されてない、とかいうウワサではありますが、果たして…




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トーチカを保護している、三角屋根がトレードマークの小屋。小屋の左に見える平べったいコンクリートは、トーチカの上部のようです。そして木の陰に見えるのは、トーチカの説明石版。




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『旧日本軍トーチカ跡』
昭和十九年(1944)アメリカ軍の上陸を想定し、網走防衛を命じられた陸軍部隊が貨車一台分のセメントを使用し、約三か月で建築した。地下二階の部屋は厚さ五十センチの壁で囲われ、知床方面のオホーツク海岸を見渡せる銃眼が造られている。

このトーチカを説明する、立派な石版が設置されています。




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トーチカ格納小屋。




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とりあえず一周してみます。

で、牧場レストランに入って内部見学をお願いしてみるとあっさり許可が出ました。




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鍵を開けてもらい、ご親切にガイドまでしてくれるとのこと。ありがたい!




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トーチカへ続く階段です。ワクワクします。




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施設の照明もつけていただきました。




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すごく良い雰囲気の地下へと潜ります。




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土が露出しています。ヒンヤリした空気。興奮で鼻血出そうw




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地下1F、コンクリートの通路を進みます。




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遂にトーチカと対面です。コンクリートの質が違いますね。白華現象の鍾乳石が80年という歳月を物語っています。




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観測窓があいています。オホーツクの海岸を向いています。




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観測窓の足元。




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続いて地下2F、通路を進みます。終わったら照明切っといてねと、ここでガイドは終了です。ありがとうございました!

ところで、

石版含めてここまで立派なものを造ったご本人だったのでしょうか?今にして思えばもっといろいろ話を聞いておくべきでした。




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浜藻琴と同じように、コンクリートの隔壁で仕切られています。




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隔壁の左側は弾薬の一時保管庫か通信室だったようです。ガイドのお話に夢中でよく見てませんが…特に何も無かったような。




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天井部には上階と繋がる伝声管があります。




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隔壁右側の部屋には銃眼があります。




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銃眼は観測窓と同じくオホーツクの海岸を狙っています。




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こちらにも伝声管がありますね。




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銃眼の足元。排水溝をまたぐように、三本のボルトが出ています。これは機関銃を固定するのに使ったもの、とのことです。それにしてもトーチカに排水溝とは珍しい。



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銃眼を外から見たかったので、内部見学を終え戻ります。




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楽しい時間をありがとう。




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こちらが銃眼部。




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銃眼の上部に観測窓があります。




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振り返るとオホーツクの海岸が見えます。


さて、明日でウクライナ軍事侵攻から1年となる日です。かつてソ連が日ソ中立条約を一方的に破棄して南樺太に侵攻を開始したのは、終戦の詔書4日前、1945年8月11日でした。その後占守島、得撫島、最終的には北方四島まで占領され、翌年、自国領に編入してしまいます。当時のスターリンは北海道占領を目論んでいたようで、それを阻んだのが南樺太や占守島で徹底抗戦した多くの日本兵の方々ですが、北海道に点在するトーチカなど防衛陣地の存在も一役買ったと言われています。


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